「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri
昔、中島梓(栗本薫)女史の「小説道場」というラノベ・BL小説入門書があったのですが、その中に中島女史が「マンガ家志望だったが、その夢破れて小説を書いている」というくだりがあり、その気持ちに大いに共感したものである。
実は私も小説を書きだす前はマンガを描いていた。自分の中に、どのような娯楽小説であっても「書いている作家は文学少年で、若いころから文学作品を読んでいる」だろうなあという思い込みがあり、「俺には小説は無理」と思い込んでいたのである。
これは、私の父親が高校の国語教師であり、エンターテイメント小説を軽視していたことも影響している。
自分で「物語」を空想することが好きだった私は、なんとかそれを形にして他者に語りたい欲望が抑えきれず、マンガでそれを描き始めたのであった。
↓当時描いていた絵がこんなやつ。
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手塚治虫さんとか、さいとうたかおさんとか、白土三平さんとか、当時の日本マンガの各流派とは違う絵が描きたかったので、「ヘビーメタル」とか「1984」や、「CREEPY」などのウォーレンコミックスを模倣していた。
唯一完成させた作品が16ページの「暗黒美神(シスターダークネス)」という作品で、要はアメコミ。「パフ」誌に送って選外佳作ってのになっている。「16ページは短い」って講評だったが、だってこれアメコミなので16ページなんだよ、って気持ちだった。
ペン入れの途中で放り出してあるあたり、自分はやっぱりテキストの人だなと思う。
2時間かけて描いている情景を、口で説明したら15秒で済んでしまい、しかもそれがビビッドだったので、全部文章で語れば早いと思ったのが小説を書くきっかけだった。たまたま、手元に卒論用の原稿用紙が大量に余っていたせいもある(苦笑)。
また、同じ時期に、大友克洋さんや谷口ジローさんなどの「画力で勝負」する作家が次々と登場してきて、「じゃあ俺が描かなくてもいいや」って気持ちになったのも大きかった。
でも絵を描くのは楽しい。
今一番の望みは、小説で生計を立て、趣味でマンガを描くことである。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-06-16 15:12 | コミックス | Comments(0)
荒山徹「秘伝・日本史解読術」。これは、誰もが学校で習う日本史を、誰もが知らない方法で見直すだけで、こんなに発見があるのかということを教えてくれる本である。
荒山氏は伝奇的な作風の歴史小説の名手で、留学までして韓国・中国の歴史を学んだ30年来の韓国通でもある。韓国民の国民感情も熟知している。
この本では古代から近代までの日本の歴史を世界史の中でも位置づけて俯瞰して語っている。
印象的なのは「歴史は繰り返す」と、相似形のケースを折に触れ提示していること。
例えば、1875年の讒謗律(政府擁護のため文書や著作で官僚などの批判を禁止した)と2016年の「ヘイトスピーチ禁止法」が全く同様のものであると喝破する。デモ(どのような内容であれ)が2件禁止されたことを祝福するマスコミの論調に違和感を感じていた私はこの部分で、荒山氏は歴史の本質に気づいているのだと感じた。
氏は「歴史は取り扱い注意だ」と警鐘を鳴らす。明確な史料の隙間や空白に、人は「こうあってほしい」という願望や、「こうだと面白い」という作為を込めてしまう。フィクションならそれでよいが学問がそれでは困る。
現在の大韓民国の歴史では民族主義が跋扈していて、「優れた文化はすべて朝鮮から日本にもたらされた」「古代には朝鮮半島に大帝国があった」といった夢想的な、しかし韓国民には「気持ちいい」説がまことしやかに語られている。しかし、これは開国以降の大日本帝国が西洋列強と対峙するために万世一系の皇国史観を教育していくことと実に相似形だと感じる。

また私には、日清・日露と負け知らずだったにもかかわらず大敗した太平洋戦争後の、打ちひしがれて自虐的になった日本の世相や文化人の転向と、ベトナム戦争でシンプルな「世界の中の正義の味方」というセルフイメージを喪失したアメリカの世相やアメリカ人の脱力感が実に相似形に思える。
荒山氏は昭和36年生まれ。私は昭和33年生まれである。私はこの本で図らずも同じ世代の特徴を知った。

私たちの直前の世代は、本来なら教育や躾などで押さえつけてくる親世代が、敗戦による価値基準の崩壊で言葉を失っていることをいいことに、かなり野放図に育っている「戦争を知らない子どもたち」世代だ。「平和・人権・平等」原理主義的で、それに反する者にはヒステリックである。
彼らから遅れて生まれた私たちは、連合赤軍事件などで「権力と戦う正義の味方」が、結局は同調圧力で仲間を縛り旧軍の内務班さながらのリンチが横行する集団であることを知ってしまった。作品の中で戦中の思想犯やテロリストを英雄的に描く小説家が、開戦に際して万歳を叫んでいた自己嫌悪や戦争に反対できなかった贖罪や免罪符のような意識を抱いていることも知っている。
私たちの世代は、ようやくそのようなしがらみを持たずに戦争を直視できる世代なのだ。
昨年話題だった映画「この世界の片隅で」が、昭和の頃のような声高でヒステリックな「反戦映画」ではなく、戦時の日常を淡々と提示して観客に気づかせる作品になったのは、原作者と監督の世代がやはり私と同じ世代だからだと思う。
例えば私たちは、ゼロ戦の映画を作るために言い訳のように堀辰夫を持ってくるようなことは考えもしないのである。

この本は、歴史に材をとって小説作品を書く、そんな作家だからこその「気づき」に溢れている。そして同時に、時代小説と歴史小説のすぐれたガイドブックにもなっている。
面白かった。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-05-18 12:53 | 小説指南 | Comments(0)

麻雀は昔から小説やマンガのモチーフとしてよく使われてきた。
小説でいえば阿佐田 哲也の「麻雀放浪記」、マンガなら北野英明の「雀狂哀歌」がその嚆矢であろうか。
いずれも麻雀の対戦の場での心理戦や勝敗の綾を登場人物の人生のメタファーとして描き、深い感動を呼んだ。
そんなことを考えたのは、柄にもなく麻雀の戦術書「絶対に負けない最強麻雀戦術~進化を遂げた新デジタル戦術指南書~」を読んだからである。
「新デジタル戦術」ってところに興味をもって手に取ったのだが、ネットでのオンライン麻雀と街中のフリー麻雀を取り上げている。
かくいう私も昭和50年代に学生だったので、麻雀は嫌いではないし当時は下手ながら卓を囲んだこともある。最近はもっぱらゲームマシンで遊ぶ程度だ。
この書では、そんなへぼプレーヤー(俺)にとって目から鱗が落ちるようなワードが頻出し、豊富な写真で説明されている。
「勝つということは、負けないことだ」
「全ての局面で勝てないと仮定する」
「強い麻雀ではなく、巧い麻雀を目指せ」
「最初の6巡目に重要な牌を一点読み切り、捨ててしまう」
「水面ぎりぎりで、トップを追いかけていく」
かつての麻雀小説やマンガでの戦いが、相手を叩きのめすような熱い戦いのドラマであるならば、この本に書かれた戦術は、最後まで点棒を減らさない、気づいたら、必ず一位か二位になっている戦術書だ。
なんともクールな戦法で、このクールさこそが現代的だ。小説作品として描くなら、これこそが今現在の「同時代性」だと思った。
麻雀に限らず、「ゲーム」を人生のメタファとして描く小説や映画は傑作が多い。そんな作品、考えてみようかなって気持ちまでわいてきた本である。


薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-04-27 09:27 | ホビー | Comments(0)

違和感は上達の証

 小説を書き始めてしばらく立つと、自分の書いた文章を読み返して違和感を感じて筆が止まったり、首を傾げて考え込んだりすることが起きる。
 そんな違和感の一例を生徒さんの文章から見てみよう。
(例文)
 今の僕は、何も言えずに口を少し開けながら、ただただ何かを訴えるような目や表情で奥村を見つめていた。
 この文章から感じる違和感の原因は、語り手の「僕」が自分の様子をよく観察したように描いていること。つまり、「僕」という一人称で、三人称の描写をしていることが原因である。
 これが「僕」ではなく「伊藤」であれば違和感は皆無になる。
 どうしてもこのように描写がしたければ、壁に掛かった鏡に映った自分の様子をみて「僕」が「僕」を観る形にするしかない。
 何とか無理矢理リライトするとこうなる。
 今の僕は、何も言えずに奥村を見つめることしかできなかった。口を少し開けながら、ただただ何かを訴えるような目や表情で見つめられて奥村はどう思ったであろうか。
 自分を観たかのように想像して思ったことを書いたわけである。
 自分の書いた文章に違和感を感じたときは、レベルのステージを一つあがったと思ってよい。
 何かをつかんだことを「意識化」するチャンスなので、じっくり考えてほしい。

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# by hajime_kuri | 2017-04-08 15:56 | 小説指南 | Comments(0)
ペンネームで書いた私の作品である。
一部を抜粋。

内容紹介

 「今から録音を流します」
 手元のノートパソコンのマウスをクリックした。
 「ばかやろー!、上司を出せ!」
 静かな部屋に大音量の罵声が響きわたった。西本の両隣の二人がびくっと震えるのがわかった。当然、西本もびっくりしている。びっくりさせるための音量でもあった。
 罵声の合間に、恐縮したような「はい、はい」という相づちの声が聞こえてくる。情けない声だった。
 若い男はマウスをクリックして音声を停めた。そして西本たちを見渡すと言い放った。
 「みなさんが担当する電話は、このような電話です。この録音を聞いて、自分には無理だと感じた方は、ご遠慮なくお帰りください。無理に残られてもお互いの時間の無駄ですから」
 なるほど、これで人数を絞るのか、びくついて帰るような奴はお呼びでないと言うことなのだな、そう感じたとたん、西本の胸に「バカにしやがって」という怒りが湧いてきた。絶対に帰るものかと決めた。若い男の口調にも腹が立った。その口調の裏に「選ぶもの」の優越感を感じとったからだ。
 その時、左隣の四十男が「自分には無理だと思います」と言って立ち上がった。室内の全員に軽く会釈をすると、背を丸め、試合に負けた敗残者のように部屋を出ていった。
 ますます腹が立った。採用しないのはかまわないが、敗北感を抱かせて帰らせるなんて、どれほど上から目線なんだと思った。

 主人公・西本が二十八年勤めた東海エージェンシーを辞めたのは東日本大震災の年だった。うつ病の休職開けから三年目の春だ。
 すっかり世捨て人になった西本はハローワークで五十代求職者の厳しい現実に直面する。
 ようやくバイク便のライダーとして働き始めるのだが、そこは西本同様に心に傷を負った連中が集まっていた。
 やがて退職金も使い果たし、妻に懇願されて派遣社員として再就職に成功するのだが、そこは、メーカーの苦情電話担当という、とんでもない戦場だったのだ。
 漫画家くずれの元ライバルメーカー社員、音楽事務所社長、テレビタレントなど、奇妙な派遣相談員たちとの交流と、全国から電話をかけてくるクレーマーとの会話など、多くの出会いが西本の心を開いていく。 「うつで会社を辞めざるを得なかった」のではなく、「うつのおかげで会社を辞めるきっかけができたのだ」
 うつ病高齢者・西本のうつを抜けていく心の軌跡を、爆笑のエピソードで描いている。また、大手メーカーの苦情相談室がどのような職場かもわかる職業小説でもある。
 人生なんて「なんとかなる」、そんな気持ちでこの作品を読み終えてもらえれば、作者冥利につきる。
 ぜひ、読んでください。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-03-11 19:50 | 純文学 | Comments(0)
 小説の中では、説明や描写のいわゆる「地の文」と、「」で囲った人物の会話とが存在する。作家は大なり小なりこの二つにコントラストをつけている。またコントラストをつけることで面白さが出せる。
 意味的には、地の文は「客観的」で会話の方はその人物の「主観」なのであるが、技法的に語ってみる。

例文

 店のドアを開けて外へでると、商店街を流れるポール・モーリアが聞こえてきた。もう半世紀近く、この時間帯はポール・モーリアだと聞いていた。
 店の閉まったシャッターとアーケードに反響して大きな音量なのだが、音が大きいほど侘びしさも大きいのだった。
 「えらいことになったがね」と声をかけられて振り向くと、真理子だった。
 「偉いって、俺のこと?照れるな」と答えると、「えらいってのは大変ってことだがね、何言うとるの」と言われた。
 ああ、毎度のことながら、この名古屋弁で真理子の美貌も台無しだと思った。

 地の文は標準語で、会話は名古屋弁。一番原始的な方法だけど会話のリアリティーは出てる。

 この方法で、実は記事や論文での印象操作もできる。
 自分の主張を「冷静な地の文」で語り、反対意見を反対者の「感情的な会話」で書くことにより、相手を貶めて「上から目線」で語れるわけである。

 滑稽なことにそのような手法を、一流と言われる新聞の社説などで散見する。
 みなさんもそう言った文章は苦笑して読めるように成ってほしい。


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人生はボンクラ映画
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-01-13 22:13 | 小説指南 | Comments(0)
 小説には「情景描写」が必要不可欠である。そこが、どのような場所であるか、キャラクターは何を感じどう行動するか、どのような状況なのかは「描写」で読者に伝えられる。
 そこで考えてほしいのが、その描写は、「単なる説明代わりの描写になっていないか?」ということ。
 主人公がある目的で誰かの家に訪問した時の描写。

単なる説明代わりの描写の例文

 その家は二階建だった。ガレージに二台の駐車スペースがあり、一台分が空いていた。ガレージの隅には数台の自転車が壁に立てかけてある。

いろいろな情報が盛り込まれた描写

 その家は二階建てだった。南の庭と二階のベランダで、弱い日差しを浴びた洗濯物が干されている。
 ガレージには二台分のスペースがあったが、停まっているのは赤い軽自動車が一台だけだ。ガレージの隅には、婦人用の自転車と子供用の自転車が壁に立てかけてある。

 最初の例文は、単なる説明だが、後者の方は、「二世帯住宅」であることと、主人が出かけていることがわかる。
 さらにガレージが整頓されているか否かなどの描写で、その家庭がどのような状況かまで読者に伝えられるだろう。

 映画で言えば、前者の文は、普通になめて撮影しただけだが、後者の場合はクローズアップやズームで撮影しているわけである。

 また、「洗濯物が干されている」などの部分で、「何度も洗って色の落ちた女物のワンピースが、力なくぶら下がっていた」などのように、「語り口」で物語全体のトーンを暗く陰鬱なものにしたりもできる。

 こういう工夫をこらすところが小説を書く楽しみでもある。


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# by hajime_kuri | 2017-01-13 22:09 | 小説指南 | Comments(0)
 小説を書いていて、もうすぐラストだというところまで来ると、とりあえずゴールにたどり着くために「書き急いでしまう」ときがある。
 今書いている作品でちょうどいいケースがあったので、それを例にして解説する。

まずは、例文。

 開ける八月十七日。早朝の陸軍・伊那飛行場に国籍表示のないDC8がひっそりと着陸した。
 停戦状態二日目の朝。すでに空港には緊張感がなく、管制の兵も二人だけだった。前夜に陸軍の軍務局から連絡があったので、怪しむものは誰もいなかった。
 朝日を浴びる機から降りたのは、平服の東洋人が一人だった。
 迎えたのは、陸軍第九技術研究所の水野軍医少尉だった。機体すぐ横まで車を寄せていた。
 東洋人は、流暢な日本語でアメリカ軍の軍属である「アーノルド・シミズだ」と名乗った。
 本来の占領軍よりも早い来日である。昨日、大本営から全軍に停戦命令が出たばかりで、停戦内閣の東久邇宮内閣が本日成立する予定であった。講和条約の調印は来月だと見られていた。
 それ故に、正規の軍人としてではなく軍属としての隠密来訪なのであった。
 水野軍医少尉は、「研究所で石井がお待ちしております」と言った。

そして、その修正後。

 開ける八月十七日。早朝の陸軍・伊那飛行場に国籍表示のないDC8がひっそりと着陸した。
 停戦状態二日目の朝。すでに空港には緊張感がなく、管制の兵も二人だけだった。前夜に陸軍の軍務局から連絡があったので、その着陸を怪しむものは誰もいなかった。
 機体に向かって一台の乗用車が近づいて停車した。
 朝日をぎらりと反射する機体のドアが開き、平服の東洋人が一人だけ降り立った。
 車のドアを開け、軍服の男が一人降りてきた。平服の東洋人と握手をし、「陸軍第九技術研究所の水野軍医少尉です」と言った。
 東洋人は、流暢な日本語で「アメリカ軍スタッフのアーノルド・シミズです」と名乗った。
 本来の占領軍よりも早い来日である。昨日、大本営から全軍に停戦命令が出たばかりで、停戦内閣の東久邇宮内閣が本日成立する予定であった。講和条約の調印は来月だと見られていた。
 それ故に、正規の軍人としてではなく軍属としての隠密来訪なのであった。機体ぎりぎりまで車を寄せたのも人目を避けるためだろう。
 水野軍医少尉は、「研究所で石井がお待ちしております」と言った。

 最初の文では、まるで歴史書の文である。ストーリー上はこれでも構わないが、このシーンに出てくる人物は、この後のクライマックスシーンでも事件を目撃し、後のシリーズにおいても重要な役割を負う予定だ。そこで、説明ではなくシーンとして描写することにしたわけである。

 若いころの自分は、このあたりの感覚が疎くて、すかすかの作品を書いていた。だから二次予選で落ちてたんだよってことが、この年になってわかるわけである。

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# by hajime_kuri | 2016-10-19 09:39 | 小説指南 | Comments(0)
 この問題、新聞報道などでは「過労死」と報じられている。内容も「労働時間」の話題ばかり。大いに違和感がある。
 やはり二十代の娘を持つ父親たる私は、子を失った親御さんの気持ちを想像すると、この問題に言及することすら申しわけない気持ちになる。だが、やはり、言わずにはおられない。

 この問題、私は労働時間だけの問題ではないと思う。
 初めての業務に際して、困ったり教えてほしいと思ったときや、間違えたりしたときに、上司や先輩や同僚から「東大なのに~」というようなハラスメントが、繰り返し繰り返しあったのではないか?
 そのせいで、それが嫌で誰にも助けを求められずに一人で仕事を抱え込んでしまったのではないか。そのため、成果物が不十分になり、さらに「東大なのに」と言われたのではないか?
 それを挽回するために、たった一人で仕事をこなそうとして労働時間が伸びたのではないか?

 私は、以前の勤務先(広告会社)を「うつ」で退職している。その経験から判断すると、そこまで追い込まれると、周囲の者の「咳払い」や「溜息」すらナイフで刺されたような苦痛になるのだ。誰もそれに気づけなかったのではないか?

 マスコミでは、労働時間、労働時間と問題にしているが、「社内のいじめやハラスメント」の問題を、「労働時間」問題に矮小化しようとしているのではないか?
 問題をすり替えようとしているのではないか? 
 各メディアの広告扱いの半分近くを持つ広告会社とはいえ、天下の公器に、さすがに事件そのものを報道しないでとは、言えないであろう。
 だからこそ、よりダメージが少ないように、「社内のいじめやハラスメント」の問題を、「労働時間」問題に矮小化しようとしているのではないか?

 そんな警鐘を鳴らしたいが、そんな論者はマスコミ全体を見渡しても一人もいない。メディアにおけるコメント料や謝礼やギャラは、その原資が「広告料」だからなのか?

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# by hajime_kuri | 2016-10-15 15:38 | 時事 | Comments(0)
 作家は物語の必要に応じて情景を描写していく。アニメーターが背景を描くようなものだが、そこにも巧い下手はある。よくやってしまうのが作家都合で描写してしまうということ。
例文を作ってみた。

1、
 いくらノックをしても返事がない。まだ寝ているのだろうか。そう思って寝室のドアを開けた。
 部屋の中は、いつものように、至る所に本が積み上げられていて、机の上には書類の束が乱雑に散らばり、コーヒーカップが一つ置いてある。そしてその机の前のいすに背を預けた老人が、不自然な角度で天井を見上げている。半開きの口から喉にかけ、乾いた涎の流れた痕。目を見開いたまま息絶えたようだ。

それを改稿したのが次
2、
 いくらノックをしても返事がない。まだ寝ているのだろうか。そう思って寝室のドアを開けた。
 デスクの前のいすに背を預けた老人が、不自然な角度で天井を見上げている。半開きの口から喉にかけ、乾いた涎の流れた痕。目を見開いたまま息絶えたようだ。
 部屋の中は、いつものように、至る所に本が積み上げられていて、机の上には書類の束が乱雑に散らばり、コーヒーカップが一つ置いてある。

 わかるだろうか。1の方は、作家が頭の中で情景を思い描く過程どおりに描写された情景。そして2の方は、作中の登場人物がドアを開けてから目に飛び込んできたであろう順に描写した情景だ。
 作家は、舞台設定を考えて状況を描くが、登場人物が、人が死んでいる部屋に飛び込んだら、まず目にはいるのは死体の方で、周辺の状況はその後だろう。

 一心不乱に脳味噌を回転させて物語を綴っていると、往々にしてこういう事をしでかしてしまう。作家の脳内ではお約束になったことも、初見の読者の気持ち、実際に現場にいる登場人部の気持ちになることが大切なのだ。
 そのためにも、作品を書き上げたあと、脳をまっさらにリセットして読み直す過程が必要なのである。


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# by hajime_kuri | 2016-10-05 12:24 | 小説指南 | Comments(0)
 今回は、作品の感想文を書いてみた。文豪・志賀直哉の「雨蛙」という作品である。ストーリーは、文学趣味の若い亭主・賛次郎がその興味のない妻に文学趣味の会合に参加させて、不良作家からひどい目に遭わされて後悔する話である。興味がある方はどんな図書館にもあるのでお読みいただきたい。

 賛次郎にとって文学趣味は、家を継ぐために都会に残してきた高等遊民(労働せずに文化芸術に耽るインテリ)としての生活を象徴している。
 健康で美しい妻せきの唯一の欠点が、この文化芸術、特に文学趣味に対する興味がないことで、彼はそれを「目に光がない」と言って不満を持っている。
 都会から来た作家を囲む地方文芸の集いにせきを参加させることで、結果として妻につらい体験をさせて夫婦の距離さえも遠ざけてしまう話である。

 作者の描写を読むだけで、一見愚鈍なせきと、インテリの女教師山崎の対比は明らかで、作者がどちらの女性を好ましく思っているかまで判る。
 作家連中の描写にも、「文学をやっている」事に対する夜郎自大なプライドを感じさせる。
 賛次郎や、山崎女史の軽薄さは、文学趣味をもってプライドとする浅はかな地方文壇の世界を象徴し、一方、「目に光のない」と思っていた妻せきの本当の可愛さは、二人で過ごす慎ましやかな自分の世界を象徴している。

 傷ついた妻を連れて帰る途上、雨蛙の夫婦を見て、地に足の着いた慎ましい日常の大切さに気づいた賛次郎は、いつもの村が久しく見なかったように新鮮で大切に映る。それに気づいたからこそ、書棚の中の小説と戯曲を焼き捨てたのである。

 志賀直哉には、作品ではなく作家であることにこだわる軽薄な文人たちや、彼らの一般人に対する上から目線に対する反感があったのかもしれない。そんな想像をした。

 その上で、ネットに散見する感想や分析を読んでみたが、この文学趣味の地方文化人たちの軽薄さや高等遊民の浅はかさにふれる感想がなく、優柔不断な夫や愚鈍な妻に関する感想ばかりで驚いた。

 おそらく、文学趣味の人たちは、自分の恥部を指摘されたような気恥ずかしさを感じたのではないか。

 私は、当然、自分自身のそんな気恥ずかしさを感じたし、そういった地方文人のかっこわるさも自認している。それを正面から語れるか、隠そうとするかの違いが、小説を「読む人」と「書く人」の違いであろうと思った。


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# by hajime_kuri | 2016-10-05 12:22 | 小説指南 | Comments(0)

「アオイホノオ」

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週末を利用して、ドラマ24枠でオンエアされたドラマ「アオイホノオ」を一気視聴した。
先日は、原作のコミックスの方を1巻から14巻まで一気読みしたところ。

舞台となる1981年は、私自身、大学を卒業したばかりの頃である。
焔モユル君とは異なり、4年生の時に「俺はマンガではなく小説の人だ」と気づいて小説を書き始めた年である。
最初に書いた作品をきっかけに編集の人と初めて話をして緊張したもので、焔君の気持ちがようわかる。

作者・島本和彦の大阪芸術大学時代の物語で、同期の庵野ヒデアキなどそうそうたるクリエーターのエピソードが語られる。
特に「ダイコン3」のOPアニメがSF界に巻き起こした激震は、当時ファンとして早川書房の「SFマガジン」を毎月購読していたので、記事やコラムで嫌というほど読んだ記憶がある。
小説とマンガの違いはあれど、「創作」に燃えていた若い連中の焦りや悔しさが伝わってきてうれしくなる。
柳楽君の顔芸が見もの。マンガ的演出がうれしくなるし、特にオープニングは、庵野版「キューティー・ハニー」へのオマージュになっていてニヤリとさせられる。
主人公が庵野ヒデアキのアニメを称賛するクラスメートたちに心の中で「お前ら、悔しくないのか!」と叫ぶシーンに、そうだよそうなんだよ、と頷いてしまった。

残念なのは、かくいう私が、いまだに電子書籍のKDPでマイナー作家としてくすぶっているということだ(苦笑)
だが、焔モユルならこう言うだろう。
「確かに奴らは先を行っている、だが、上を行っているのではない!」
この健康なポジティブシンキングに、おいらは共感するんだ。

アオイホノオ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

アオイホノオ DVD BOX(5枚組)

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# by hajime_kuri | 2016-09-18 17:10 | TV | Comments(0)