「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

カテゴリ:小説指南( 75 )

 今、昭和十八年を舞台にしたSF小説を書いている。小説に限らずフィクションとは「嘘」であるが、SF小説は特に読者の予想を裏切る「大嘘」でなければならない。このような大嘘に必要なことこそ細部のもっともらしいリアリティーである。
 そのリアリティーを出すためにどのようなことをしているかを、少し種明かしする。

 当時の地方の国鉄(今のJR)駅を描写するために、駅に掲示されていたかもしれない同じ時代の広告ポスターを調べた。そこで、某企業の広告の戦中の広告の変化を知ることができたので、登場人物が、駅に貼られたそのポスターが半年前より戦時色が強まったことを感じる描写を入れた。
 このように、資料を当たることでシーンが思い浮かぶ。逆に言えば、ここまで煮詰めてから書いているということだ。そうすればいったん書き始めた後に筆が止まると言うことはあまりなくなる。

 リアリティーというのは「モノ」や「現象」だけでない。当時の人々の感覚も重要である。例を挙げてみよう。

 昭和十八年の作中で語られる「写真」や「映画」は大半がモノクロだ。だから、カラー写真やカラーフィルムが出てきた場合は、登場人物は「お、天然色(当時の言い方)だ!」と思わねばならない。ちなみに、昭和の五十年代に広告業界に就職した私は、「モノクロフィルムの方がカラーフィルムより高額」になっていることを知って驚いたものである。

 同様な世間一般の意識の変化は、男女関係、教育関係など社会全体に及んでいる。インターネットのおかげで「モノ」や「現象」のリアルは資料がすぐ手に入るが、この社会意識のリアルは、作家のセンスや想像力が必要だ。

 このセンスが磨かれていれば、幻想小説などで架空の世界の構築をする際にもリアルな世界を構築できる。広く社会に目を向けて、センスを磨いてほしい。


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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編

神様の立候補/ヒーローで行こう!

盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏
小説指南
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by hajime_kuri | 2015-11-29 11:56 | 小説指南 | Comments(0)
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毎回、ご愛読いただいているこの「小説指南」講師ブログ、いよいよ電子書籍版をAmazonのKindleストアよりリリースすることになった。
12月早々を予定しており、現在データを整形中。

電子書籍は基本的にEPUB3に準拠したものを用意して、それをKindle用のMobi形式に変換して販売する。予定価格は500円。
当面はAmazonのKindle版のみ。

内容は、過去記事を加筆したもので、より詳細に説明している。
添付の画像は表紙と広告。
友人のグラフィックデザイナー氏のご厚意に甘えた。

特に専業作家ではなく、実力があるわけでもない自分が、会社員を続けながら作品を書くために、その創作業務を試行錯誤しつつカイゼンしてきたノウハウを一冊にまとめたものだ。
この本が、小説を書こうと志す方たちの気づきのきっかけになればうれしい。


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1988 獣の歌/他1編

神様の立候補/ヒーローで行こう!

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薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏
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by hajime_kuri | 2015-11-26 23:32 | 小説指南 | Comments(0)
 小説を書きながら気づくことがある。私の体験からお話ししよう。

 私には「自転車の夏」というタイトルの自伝的青春小説があるのだが、それを書いているときの体験である。
 物語は、主人公の栗本肇が大学に入学し、少林寺拳法部に入部してからの半年間に、私自身が三流私大の四年間で体験した体育会の、それも武団連合と称されるような強面の運動部での壮絶な、でも爆笑な日々を凝縮して描いたものである。

 主人公の性格を描写するエピソードが以下の文。

 自転車が長い坂を下っていく。
 肇の自転車の隣には少し遅れて都築の自転車が並んでいた。肇の自転車は、実に頑丈な作りである。フレームは鉄で、その上ブレーキはワイヤーではなかった。サイクルといえばスポーツとか青春とかをイメージするのだが、このサイクルは正に自転車と呼ぶのが相応しく、むしろ寿司とかラーメンをイメージさせるのだ。
 みんなから出前自転車などと馬鹿にはされていたが、重い上に変速ギアがないだけに下り坂は速かった。
 この「出前号」は、下宿生活の足として入学時に両親から買ってもらったものだ。本当は倍ほどの値段のスポーツ車が欲しかった。フレームの材質はクロームモリブデンで重量も半分以下。ドロップハンドルもスポーティーな十二段変速というやつだ。母は生協の自転車売り場で、二台を見比べ、「お前はこういう派手なものは嫌いだろう」と言ってこの実用車を選んだのだ。親の期待に反して公立大学に落ちた身でもあり、肇は黙ってその自転車で我慢していたのだった。
 「常に願望は程々にしておく」という性格、肇自身はこれを長男根性と頭の中で命名していたが、それが身についてしまっていた。
 友人たちから出前号と言われる度に、そんな自分の一面を指摘されるようで嫌な気分になった。
 今では、四年間この自転車で通してやる、という歪んだ決意さえ抱いている。これもやはり長男根性かもしれない。

 私は、主人公の「長男根性」を象徴するエピソードとしてこの自転車を出したのだが、その後、この無骨な自転車は随所で登場する。

 国鉄東海道線の上に架かる跨線橋にさしかかった。歩行者・自転車用の急な斜路になっている。半分ほど登ったところで自転車を降りて押さねばならなかった。とても上までは駆け上がれない。

 主人公の体力的な成長を描写する道具として使っていたこの自転車が、やがてエピローグにも登場する。描いていたマンガが選外佳作として雑誌に載ったと聞いて本屋に急ぐシーンである。

 東海道線に架かる跨線橋が見えてきた。自転車用に斜路にはなっているが、歩道橋なみの急斜面だ。いつもは半分ほど登ったところで自転車を降りて押していた。
 肇はサドルから腰を浮かすと、ペダルを踏んだ。
 ぐいぐいと加速する。
 (今日こそ上まで行ってやる)
 「出前号」は勢いをつけて斜路を駆け上がった。半分まで登って勢いが落ちそうになったところで立ち上がり、一歩一歩踏み締めるようにペダルを踏み、じりじりと登る。
 スポーツサイクルならギアを落とすところだが、あいにく「出前号」は実用自転車だ。もともと変速ギアなどというしゃれたものはない。
 ぎしぎしと悲鳴を上げる「出前号」に、肇は心の中で叫んでいた。
 (がんばれ、がんばれ、俺もがんばる)
 ほとんど止まりそうになりながら、ついに前輪が斜路を登りきった。
 (やった!俺は合宿で確実に強くなっている)
 そして、ふいに肇はこの無骨で決してスマートではない不器用な「出前号」に強い愛着を感じているのに気づいた。
 ああ、こいつは俺自身なんだ。
 そう思うと何だかこの自転車を褒めてやりたくなった。
 (ようし)
 ペダルに一踏み力を加えると、肇は思い切って体重を後ろにかけた。
 その瞬間、「出前号」はその姿に似合わず、ぐいっ、と前輪を持ち上げると、見事なウィリー走行をやってのけたのだ。
 目の高さで回るスポークにキラキラと陽光が反射する。「出前号」は胸を張って「どんなもんだい」とでも言っているようだった。

 私は、このエピローグを書きながら、「運動神経がいいわけでもなく競技者になるわけでもなく、決してイケメンでもない主人公」と「変速ギアがついているわけでもなくスマートでもない出前用自転車」は同じなのだと気づいたのだ。
 書いている段階で、この作品のタイトルは「月影砕くる東海に」という私の母校の逍遥歌のタイトルを付けていたのだが、この気づきの後、迷わずに「自転車の夏」にした。

 この気づきの後、小説や映画を見たときなどに、物語や主人公の心などを象徴化(シンボライズ)するモノを発見する目が養われた。そして作品の中に意図してそれを仕込んだりする技巧も覚えたわけである。

 実際に作品を書かなければ気付きはやってこない。

 (※)現在、この作品は「薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏」としてAmazonのKindleストアで販売中である。


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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
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by hajime_kuri | 2015-11-22 16:35 | 小説指南 | Comments(0)

読者の共感を得るとは

 小説を読んだときに、「そうなんだよな」とか「わかる」といった腑に落ちる感覚があると思う。
 これが、作者や作中人物に対して共感する瞬間である。この体験があることによって、もっとこの作者の作品を読みたい、またこの登場人物に会いたい、という気持ちになるわけだ。

 小説を書くからには、読者にそのような「共感」を体験させたいものである。
 そこで、私が生徒諸氏にお勧めしているのが、自分と年齢の近い作家の作品を読むことである。
 自分と同じ音楽を聴き、同じ教育を受け、同じ映画を見て、同じテレビを見て、つまり同じ時代の空気を吸っている同時代で同世代の作家が、現代を、「どう見て」「どう感じ」「どう考え」「どう作品化」したのかを見極めることが大切なのだ。その上で、「なるほど」と思うこともあれば「それは違う」と感じることもあろう。
 それが大事なのだ。

 とはいえ、「共感」とは、読者に迎合することではない。「共感」を得ようとして、考えや感覚を「普通」にしてしまうのは本末転倒だ。
 むしろ、読者が感じてはいるけど、はっきりと気づいていないことを「意識化」して提示し、その何とも名状しがたい気分とは、こういうものだと提示することによって、「そうだったのか」「そうそうそういうことなんだ」と感じさせることができる。それこそが「共感」なのだろう。

 最近では、私自身はこのような感覚を重松清さんの作品で感じることが多かった。重松さんは、私より二歳年下だが、まさに同時代で同世代の作家である。
 そんな作家を見つけることも小説創作の修行の一助になると思う。


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by hajime_kuri | 2015-11-05 14:35 | 小説指南 | Comments(0)
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先月の「小説指南」レッスンで、私の愛用するポメラに興味津々だった生徒女史(24)だが、本日のレッスンで、プリント間に合いませんでしたとバッグから取り出したのがポメラ。
「てへへ、買っちゃいました」とのこと。
先日のレッスン後に、その足で名古屋駅ビルの東急ハンズで速攻買い求めたようだ。
画面拝見すると、私と同じ縦書き設定になっていて、やっぱり小説書くならこの設定だよなと感じた。
感想を聞くと、「最高です」と大絶賛。いつでも携行して、思いついた時にすぐ打てるのが高ポイント。また、これも私のノウハウなのだが、打ち上げたものをQRコード~スマホ~Evernoteという連携でどんどんクラウドに投げておけば、いちいちPCとリンクしなくてもマルチなデバイスで作業を継続できるのも強い。
タブレットに携帯キーボードなどを携行しなくても、ノートPCを持たなくても、ポメラ自体が優秀な日本語入力Atokを備えてモニターとメモリーを付属した優秀なキーボードである。さらにブルートゥースで、スマホの外付けキーボードにもなる。ある意味万能ガジェットだ。
作家修行者にはお勧めです。

キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック


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by hajime_kuri | 2015-10-12 22:35 | 小説指南 | Comments(0)
 小説を書き始めて間もない人の場合、「あいまいな表現」が頻繁に出てくる。また、すぐ筆が止まってしまう、という声も聞く。
 これはどちらも、情景やキャラクターの思いなどのイメージが固まらないうちに書き出していることが原因だ。

 例として、主人公が、放課後の教室に戻り、高橋という人物に出会うシーンを初心者作家として書いてみる。

 教室には数人の生徒が残っていて、よく見ると高橋もそこにいた。

 このト書きの様な文を加筆する。

 教室に戻ると、帰宅組の生徒が数人残っていた。机に向かって文庫本に没頭している者、ロッカーの前で談笑する連中。高橋は一人窓際に立ち、運動部のかけ声が聞こえてくるグラウンドを見下ろしていた。

 ここまで書くと情景がくっきりと浮かび上がる。また、イメージが固まらないからこそ、頻繁に筆が止まるのである。
 ここまで情景をイメージして書き出すと、筆が止まることもないはずだ。また、小説を書き慣れてくると、原稿を進めながら、同時進行でストーリーを膨らませ進められるようになる。情景を思い浮かべながら、原稿を書き進めていけることができるようになる。
 そして、書きながら想起して描写したことが、後々伏線として生きたりもする。そんな書きながらの化学反応こそ物語を創っていく醍醐味なのである。

 これは、漫才師が即興で客席の反応を見ながら話を進めて、それがネタとしてかたまっていくのと似ている。やはり、小説も話芸なのだなと思うのだ。


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by hajime_kuri | 2015-10-08 12:36 | 小説指南 | Comments(0)

小説創作とものづくり

 私は派遣社員としての仕事も持っていて、ものづくりの代表である製造業に派遣されている。そこで気づいたことが、小説指南で教えているノウハウの数々が、私自身が「小説執筆」という業務のカイゼンで得たものだということ。
 カイゼンとは日本の製造現場で生まれた業務改善の活動・戦略のことで国際用語になっている。

 私も小説を書きながら、毎回、小説を書き上げていく「業務の流れ」を、着想を得る、発想を膨らます、プロット化、人物設定・造形、舞台設定、状況設定など、「細分化」し、その際の脳内作業を「可視化」し、簡単にできるように「標準化」してきた。
 それを、このレッスンで教授しているわけだ。

 ただ、派遣先で気づいたのは、製造業でのカイゼンでの業務標準化は、「必要にして十分」になっているということ。
 均質なクォリティーを維持するためには、一人だけ飛び抜けたものを発揮してはならず、また業務の流れも、特定の飛び抜けた才能に依存してはならないのだ。

 一方、この小説指南では、標準化した方法は、あくまで「必要最低限」である。あとは作家修行者がどんどん自分の能力を磨いていってかまわない。また、そうしなければ多くの読者を獲得する作品は生み出せない。

 小説創作と製造現場の唯一の違いは、「必要十分」と「必要最低限」の違いなのだ。
 この様な気づきがあるからこそ、仕事は辞められないと思うのだ。


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by hajime_kuri | 2015-10-01 17:06 | 小説指南 | Comments(0)
 芸能や武道における修行段階でよく言われるのが「守・破・離」ということ。私は少林寺拳法を修行する際にこの言葉を習った。

 「守」とは師の教えや教科書のような基本を守りしっかりと身につける段階のこと。
 「破」とは、基本を身につけた上で、あえてその教えを破り自分の個性に合わせて試行錯誤をしてみる段階。
 そして「離」とは、師の教えを離れた自分だけの名人の境地に立つ段階である。

 私が「小説指南」でコーチをしている部分はまさに、この「守」の部分である。

 ・登場人物の気持ちをセリフで語らせない。
 ・状況は、説明ではなく描写せよ。
 ・既視感のある設定でもあきらめずに考えよ。
 ・人物造形とは、行動原理を決め業を背負わせること。

 この基本を身につけた後は、その約束事をあえて離れてみてほしい。そこに新しい世界が広がってくる。
 例えば、「ゼウスガーデン衰亡史」(小林恭二)は、架空のアトラクションパークの盛衰を歴史書のスタイルで書いていて、全編が「説明」である。
 この試行錯誤で、作家自身がなにを掴むかまでは教えられない。また、教えてはいけないと思っている。

 この「守・破・離」という言葉だが、長らく世阿見の「風姿花伝」の中の言葉と教わっていたのだが、他にも「利休説」など諸説あるようだ。


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by hajime_kuri | 2015-09-07 11:56 | 小説指南 | Comments(0)
 実際の体験を基に小説を書くと言っても、私には特に変わった体験などないし、と思う方も多かろう。だが、別に変わった体験でなくてもいいのだ。
 一番簡単なのは初めての体験だろう。ただ、勘違いしてはいけないのは、中学に入ったとか高校生になったとかの節目ではなく、「初めての気持ち」である。
 初めて「好きになった」、初めて「おびえた」、初めて「悲しかった」、初めて「うれしかった」など。

 例として、「初めて仕事で大きな失敗をした体験」で考えてみよう。
 普通の方は、いきなり自分の体験から語り出して終わってしまう。だが小説にするにはそれなりの工夫が必要だ。

 初めて部下を持った私。その部下が仕事で大きな失敗をしでかした。その時、脳裏によみがえったのは、自分が初めて失敗をしたとき、鮮やかにリカバリーをしてくれた先輩社員のAさんだった。
 こうすることで、過去の体験をきわめて客観的に描くことができる。これを上司目線で描くか部下目線で描くかは、作者の年齢で決めればいい。

 物語の締めは、部下の「ありがとうございました」言いながらも気落ちした表情に、「あの時、僕を助けてくれたA先輩への恩返しができた」と上司に言わせて、若い部下が「俺もいつかは部下を救える上司になろう」という気持ちにさせる、なんてのが典型
かな。
 助け合う気持ちを継承していく職場文化も描けて、面白いビジネスストーリーになるかも知れない。

 他にも、子供が中学に入ったきっかけに、初めて父親が嫌いになった自分の中学生時代を重ねて、当時の父親の気持ちを知る、とか。

 こういった作品のよい例に、重松清さんの作品「きよしこ」がある。ぜひお読みいただきたい。


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by hajime_kuri | 2015-08-14 15:40 | 小説指南 | Comments(0)
 私が初めて小説を書く人にするアドバイスの一つに、「体験を基にして小説を書いてみたらいかがですか」というものがある。

 これには理由がある。作品づくりには、物語の発想と同時に、どこで起きたかの「舞台設定」、どんな行動原理の主人公かという「人物造形」、どんな事件かという「状況設定」などが発生する。さらに、登場人物の心が物語の進行に従ってどう動いて落ち着いていくか、など考えねばならないことが多い。
 しかし、自分の体験を基にした作品であれば、これらがすべてできている。あとは、どんな順番で叙述するかという「構成」と、的確に読者に伝わるかという「描写、表現」だけに集中すればいいのだ。

 このアドバイスに答えて、生徒氏が短い文章を書いてきてくれた。中学生時代の夏にどうしても受験勉強に専念できず父親を代表とする「大人」へのいらだちに苛まれていた彼が、国語の先生の言葉で初めて読書に目を開くきっかけとなったエピソードだった。
 エッセイであれば十分な文だったが、これが掌編小説になるためには、「その国語の先生がどんな人だったのか」、「その後、自分はどう変わったか」が必要だ。さらには、父親とは違う価値観を持った別の大人・国語の先生に出会った喜びや驚きの気持ちも描いてほしい。それが小説なのだ。

 自分の体験を基にした作品を書くことは、「語りに専念」する事ができる練習である。いわば空手や拳法の約束組み手のようなものなのである。


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by hajime_kuri | 2015-08-14 15:36 | 小説指南 | Comments(0)