「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

カテゴリ:小説指南( 76 )

BLOGを活かす

 私は2004年からこの「読書記録゛(どくしょきろぐ)」というBLOGを続けている。
 昨今ではLINEやFaceBookなどのソーシャルメディアが主流で、BLOGを書かれている人は一頃より多くはない。ただ、作家修行をしている方にとっては、BLOGは文章力を維持するためによいツールである。今回は作家修行者にとってのBLOGの活用法を書いてみたい。

 小説と同様、BLOGも読まれてこそ意味がある。そのために、心がけていることを列挙する。

・コンテンツは自分の興味・仕事・日常に関することを中心に据えると続けやすい。
 私の場合、小説を書いたり読んだりする事が好きで、作品鑑賞に関しても一家言持っているので、「書評関係」。また勤務先だった広告会社でディレクター職などもやっていたので、「広告・マーケティング・WEB関係」を話題の中心に据えた。
 ネタがつきないようにする、と同時に専門性を持たせるわけである。

・身辺雑記はほどほどにする。
 少し考えればわかることだが、アイドルでも著名人でもない、市井の一私人の身辺雑記を読みたい人がいるだろうか?

・しっかりとした記事にする
 これは私のささやかなプライドかもしれないが、自分のBLOGの書評や論評に関しては、いい加減なものは書かないようにしている。すべての記事に自分の作品への広告リンクを入れている手前、恥ずかしいものは書けないのである。
 そのかわり、気を抜かずに書いた記事はそれ自体をtwitterやFaceBookで多くの方にシェアしてもらえることが多く、本のささやかな売り上げはそれが稼いでいるといっていい。
 また、過去の記事自体がアーカイブとしていつまでもアクセスを稼いでくれる。私のこの「読書記録゛」に関して言えば、今でも毎月一番アクセスをかせいでいる記事は、2005年に書いたジョージ秋山さんのマンガ「ザ・ムーン」を紹介した記事である。

・定期的に更新する
 定期的に更新して読み応えのある記事をアップすることで、固定読者を獲得することができる。その際、更新告知をtwitterやFaceBookで行うことを忘れてはいけない。

 力あるBLOGを運用することで、自分の作品のアピールも可能になってくる。また、記事のコメントを通してご指摘や意見もいただける。
 作家修行中の方こそ、BLOGを上手に運用してほしい。


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by hajime_kuri | 2015-05-18 21:11 | 小説指南 | Comments(0)
 小説を書き進めていく上で避けて通れないのが、導入部における各種情報の提示だ。各種情報とは以下のようなものである。

1・主人公について。
2・舞台となる場所、季節、土地柄など。
3・この後どんな物語になるかの予感と期待。

 物語に必要な1と2を伝えつつ、さらにページを手繰りたいという動機付けの3を書く、初心者が最初につまづくのがここだ。

例)
 俺、五十七歳、男。家族は4人だ。

 このように情報を列挙するのが一番シンプルなやり方だが、読者が五十七歳の男でない限り、読者はこの一行で本を閉じてしまう。この方法が有効なのは主人公が極めて特殊な場合だけだ。

例)
 我が輩は猫である。名前はまだない。(「我が輩は猫である」夏目漱石)

 漱石は、猫という特殊な主人公に、さらに達者な語り口とユーモアを与えて楽しく読者を迎え入れているのだ。

 また、必要な情報は状況の描写とともに読ませたいものだ。

例)
 「あなたがお祖父さんの呼んだ探偵さん? 背が高いのね」(「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー)

 これは、主人公マーロウが依頼人スターンウッド将軍の屋敷を訪問したシーン。事件の原因となる将軍の孫娘カーメンが、マーロウを興味津々で見つめ甘えるシーンだ。それだけで、カーメンという蓮っ葉な娘の行動を描写しつつ、マーロウが異性から興味を持たれる程度のマスクと身長であることをさりげなく語っている。

 これを、

 フィリップ・マーロウは身長は高い方で、たいがいの女性は振り返ってその横顔に見とれてしまう。

 なんて説明したら、興ざめもいいところだ。でも初心者はそれをやってしまう。

 だが、ごく普通の平凡な人間を主人公にして作品を書くために、冒頭から読者の心をつかむ方法はあるのだろうか。
 その場合、いきなり何かに直面させて物語を始めると良い。

例)
 突然、前方の路面に自分とバイクの影が大きく延びた。ミラー越しにぎらぎらするヘッドライトが迫ってくる。慌ててバイクを傾けて左車線に避けると後ろから大きくクラクションを鳴らしながら、黒いベルファイアが追い抜いていった。制限速度を30キロ超えている。
 危ないことをしやがる、と思った。と、同時にアクセルを開いてフルスロットルで車を追っていた。
 これは指導が必要だ、と心の中でいいわけをした。会社員の頃なら我慢したろうが、今はもう会社員じゃない。五十七歳で再就職もできないままバイク便の請負ライダーをやっているやさぐれ者だ。失うものなどなにもないのだ。
 ベルファイアは赤信号に止められていた。運転席側の隣に並ぶと、窓からのぞき込み、「危ないじゃないか」と言った。

 状況の描写をしながら、主人公の自暴自棄な心と、主人公の諸事情を読者に伝えている。伝え終わった後、読者にとってはもう、主人公が高齢者であろうと男であろうともう関係なくなっているはずである。

 物語の導入部の情報提示は、ゲームにおける設定集や操作マニュアルと似ている。よくできたゲームは、導入部で難度の低いミッションを与えて読者に自然に操作法をマスターさせる。
 小説の導入部も同様なのである。状況や情景を読んでいるうちに自然に主人公や背景の情報を得るようにするのである。


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by hajime_kuri | 2015-05-11 11:29 | 小説指南 | Comments(0)
 今回は作品の中でやってはいけないことの話。

 シナリオなどを勉強すると習うのが「聞いたか坊主」ということ。これは歌舞伎で劇のオープニングで坊主が登場し「聞いたか聞いたか、」と噂話の形を借りて、物語のあらましを話した後、場面転換して芝居が始まることに由来している。

 つまり、複雑な人間関係や心の揺れ動き,物語の背景などめんどうなことを登場人物にしゃべらせてセリフで説明してすましてしまうことを言っている。
 昔からシナリオ教育で使われる有名な例を挙げてみよう。
 恋人同士とおぼしきカップルが、喫茶店でコーヒーを飲もうというシーン。彼らの関係を説明するためにどうするか?

 まずアマチュアの書いた会話。

 男「分かれてから2年たったよね」

 プロのシナリオライターの場合。

 女が男のカップに砂糖を入れようとして、
 「今でも二つだった?」

 この違いがわかるだろうか。「今でも二つだった?」と聞くことで、かつてつきあっていたけど、しばらく離れていたことがわかるようになっている。これが今現在つきあっているカップルなら、なにも言わずに砂糖を入れるし、初対面なら「砂糖はおいくつ」と聞かせればいい。
 つまり、極力「説明的なセリフや書かない」ということなのだ。

 以前このBLOGで、どうしても急いでストーリーを進めたいとき描写ではなく説明ですませてしまうという、若い頃の私自身の悪い癖のことを書き、「説明に逃げずに描写せよ」という教訓を自戒を込めて書いた。同様に、めんどうな説明や描写をしたくなくて、登場人物の複雑な心の動きを、セリフで語らせてしまうことがある。

 登場人物が悲しいときに、「僕は悲しいんだ」と語らせてしまうほど情けない脚本はない。小説も同様だ。考えても見てほしい。自分が本当に悲しいとき、それを言葉にして人に言ったり、叫んだりするだろうか。膝を抱えて畳の目を数えたり、賑やかな町の雑踏すら疎ましく感じるのではないだろうか。
 それを描写し語らせてほしい。

 やはり以前このBLOGで書いたが、ユーミンは、名曲「海を見ていた午後」で、別れた恋人を回想する寂寥感と懐かしさを、「寂しい」という言葉にせず、そのかわりに、窓にかざしたグラス越しに「ソーダ水の中を貨物船が通る」と描写するのである。
 これこそ小説的表現だと思う。


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by hajime_kuri | 2015-05-03 13:48 | 小説指南 | Comments(0)
 日本人は文章を書くことが大好きだ。特に近年、インターネットでBLOGやSNSなど自分の意見やコメントを発表する場所や手段が爆発的に増えたため、全国民が評論家になったような状態である。

 このような書き出しを読むと、この後、そんな風潮を嘆いて辛口の批評でも書くだろうと思われるが、それは普通の自称知識人さんにお任せする。
 私自身は、そんな現在に大賛成。今まで出版や放送という高い壁で守られていたメディアに対して、一般人(私も含む)が声を上げることができる現在はいい時代である。

 楽器ができない、楽譜が読めない、俺音痴だし、といった壁をボーカロイドが崩してくれた。良いメロディーができたんだ、発信すれば、瞬く間に大勢が集まって編曲や演奏をして曲を作ってくれる。その曲をプロの音楽家がカバーする。痛快な時代じゃないか。
 同様に、今まで既存メディアが取り上げなかった声なき声がネットを通して発表されているのである。

 そのような意見表明の場でよく見られるのが「炎上」だ。だが炎上するケースには必ず原因がある。さあ、長い前振りだったが、今回は、「反感を買う文章、反感を買う表現」に関しての話である。

 話を聞いた相手、文章を読んだ読者が、反感を感じる場合の大半が、その人の「上から目線」である。
 例えば、人に知識を伝える場合、「知らないみんなに教えてあげよう」という上から目線では反感を買うだけだ。学校など、最初から知識を習う場所ならいざ知らず、普通の場面で人に教える場合、「知らないことを小馬鹿にされた」「ほう、よくご存じでご立派ですね」と反感を買うこともある。反感を買わない話し方は、「知らなかった自分が、これを知ってこう感じた」と体験に変えて話すことである。
 上から目線が許されるのは、その道を究めた専門家だけである。また専門家には言論にそれだけの責任があるわけだ。

 もう一つの反感は「自慢」である。人間は誰でも自分をよく見せたいし、よく見られたい。自分を見てほしい。無視されたくない。このような気持ちを、「承認欲求」というのだが、会話や文中にそれが散見されると相手や読者から反感を買うし、人によっては軽侮の感を抱かれてしまう。

 この承認欲求の最たるものが「自分史」である。この「自分史」でその人の成熟度がわかるのだ。経営者の方などで自分史を書かれる方も多いが、優れた自分史では、自分の成功や自慢などは一つも書かれていない。逆に失敗を語っている。その失敗で何を学んだかが書かれている。失敗していたときに支えてくれた周囲に対する感謝が書かれている。功成り名を遂げた自分などは、今の自分を見てくれればわかる、と構えている。そんな経営者こそかっこいいよね。

 反感を買わないモノの言い方って、あると思う。みなさんも工夫してみてほしい。

 作家・清水義範さんは「身もフタもない日本文学史」の中で、「日本人がエッセイを書くときは、男は兼好になって社会をしかり、女は清少納言になってセンスを自慢する」と書いている。現在の日本のインターネットには、まさに兼好と清少納言があふれかえっている。

 だから、インターネットは面白いのだ。


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by hajime_kuri | 2015-04-25 11:45 | 小説指南 | Comments(0)
 今回は、昨年書いた「自分だけの、どこでも執筆環境の構築」の続編である。

 仕事を持ちながら小説を書いている方にとっては、じっくりと作品と向き合う時間を持つことは至難の業だ。そこで以前の記事では、どこでも原稿の執筆ができるスタイルを作者の経験から説明した。
 テキストを打つデバイスとして主としてキングジムのポメラを使い、校正などはスマホ、最終完成はPCという具合に主にハード面のお話だった。そこで、今回はソフト面から。
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 会社員をしながら小説を書いていくためには、どこでも原稿が書けると同時に、細切れの短時間にすぐ原稿と向き合えることも非常に重要だ。
 そこで新幹線の移動中や、不意に生じた待ち合わせの時間などにも、書いてある原稿の推敲や校正ができるように、完成までの原稿を「EverNote」というクラウドアプリで管理している。このアプリはテキストのみならず写真などのファイルも保存が利き、アプリの入ったPC・スマートフォン・アンドロイドタブレットなどであれば、どこからもアクセスしてファイルの修正が可能である(写真参照)。
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 出先で思いついたアイデア、資料になりそうな撮影した写真などをスマホからアップする。PCで書き始めた第一章を保存しておき、出先での空き時間にスマートフォン等のデバイスから修正するなどの使い方をしている。さらにいいところは、自分のアカウントのEverNoteのEメールアドレスができるので、そこへメールで送ったものが、そのままノートとして保存されるのだ。

 私は、iPhone上でキングジムのShotNoteというアプリも使っている。これは、四隅にマーカーの入った紙に書いた文字を撮影すると、それの歪みを補正して画像ファイル化してくれるもので、添付した画像のようなものができる。これもShotNote上から直接メールで送信が可能なので、EverNote宛に送ってやると、ダイレクトにEverNoteのノートになって保存されているというナイスな連係プレーが可能だ。
 実際の小説執筆に当たっては、章ごとに1ファイルにしてそのファイル群を小説タイトルのノートとして保存している。これをそのまま、アウトラインプロセッサに落とし込んでいるわけだ。
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 またアウトラインプロセッサは、いろいろな種類がある。私はStoryEditorを使っているが、Macとwindowsが混在するような環境であれば、Olivia IWEがすぐれものと言われている。
 みなさんもいつでも執筆できるスタイルを試行錯誤していただきたい。楽しいよ。

EverNote
Olivia IWE


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by hajime_kuri | 2015-04-09 13:06 | 小説指南 | Comments(2)
 ドローン運用部隊の物語の構想を練るという形で続けてきたシリーズ最終回である。この物語の発想のきっかけは、テレビのニュースで知ったアメリカ軍のドローン(無人機)による敵兵殺傷に驚いたことである。具体的にはデスクワークとして人を殺せることに驚いたわけで、さらにつっこんで身体に障害があっても兵隊になれる、させられるという可能性に気づいて、障害者の社会参加という、美しい題目が、同時に戦争という犯罪をも支えうるという皮肉が、極めて現代的だと感じたことである。

 この物語では、この「美しい題目と醜い現実」の対比を、「絶望する若者に最後まで寄り添う娘の愛情と、憎しみの連鎖を克服できない人間に対する絶望感」の対比によって語っていくのだが、あくまでストーリーの発想は、「皮肉な物語構成」を思いついたところである。最初から、「憎しみの連鎖を止められない人間に警鐘を鳴らすため」に物語を発想したのではない。
 作家の中には、これを勘違いしてしまう方も多い。今回の場合だと、対外的に「憎しみの連鎖を止められない人間に警鐘を鳴らすためにこの物語を書きました」と言ってしまうのだ。その方が評論家は喜ぶからである。

 だが、これとは違う物語の発想方法もある。今、私が構想している作品だが、これは52歳の時に「うつ」で会社を辞めた私の心境の劇的な変化を作品で書きたいというのがきっかけである。
 「うつが悪化して、会社を辞めざるを得なかった」という失意と絶望と劣等感でいっぱいだった私が、周囲の環境も収入状態も家族の関係も、何一つ変わっていないにも関わらず、「うつのおかげで、会社を辞めるきっかけができた」と考えるようになったこと。その後に出会った様々な人達を見て、この人たちに出会えたから、会社辞めて正解だった、と思えるようになったこと。この心境の変化のおもしろさを、なんとか小説作品で伝えられないかと考えている。

 このように、自分の体験から作品を作る場合は、よいお酒を造るように、その発想を寝かせ熟成させる時間が必要になる。特に、つらい体験や大失敗のようなことほどそうだ。周囲に対する「恨み」や、「恥ずかしさ、照れくささ」など、個人的な邪念を吹っ切る必要がある。作家は作品づくりのためには冷静で、ある意味酷薄であるが、それは社会や周囲だけでなく、自分自身に対しても同様である。

 物語を発想する、二つの場合。前者はエンターテイメント、後者は文学と言えばいいのかもしれない。だが、どちらにも共通するのは、リアルな人間の心を描くことで作品の良否が決まるということである。


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by hajime_kuri | 2015-04-03 18:51 | 小説指南 | Comments(0)
 今回は、物語を発想して膨らませていくに際しての留意点として、作品の同時代性という事を考える。
 「イカロスの翼」(仮)という戦争をネタとしたエンターテイメントを書いていくわけだが、今までのエンターテイメント作品は戦争をどう語ってきたのだろうか。
 戦争を悲劇や愚行としてとらえるのは当然であるが、遙か歴史の彼方の戦争はいざ知らず、近代の戦争、特に第二次大戦や太平洋戦争などに関しては、戦争を引き起こした悪とそれと戦った正義という「正義対悪」の図式が多かった。いわゆる国連(英語では連合国である)史観と呼ばれるもので、日本やドイツなど敗戦国で描かれる映画や小説ですら、国連史観に基づいた反省が盛り込まれていないと評論家からたたかれるほどである(苦笑)。
 ところが、このような「正義対悪」の単純な図式で物語を作ると現代では恥をかいてしまう。その契機になったのはベトナム戦争である。この泥沼のような戦争で、アメリカの若者たちは、自分たちの国が正義で、守ってあげた国から感謝される、という第二次大戦の頃のような幻想は抱けないことに気づいてしまったのだ。戦争とは、「正義対悪」ではなく、「正義対もう一つの正義」ということ。
 さらにイスラエルの入植を機会に始まった中東戦争。イスラエルとパレスチナの終わりにない戦いは、憎しみによる復讐が新たな憎しみを呼ぶ、という「憎しみの連鎖」であるという事を人類に教えてくれた。

 今、戦争に関して物語を作るとすれば、この「正義と正義の衝突」「憎しみの連鎖」とい二点の視点を欠いた作品は同時代性を欠いた極めて幼稚なものになってしまうのだ。

 この点、日本のアニメなどのエンタメは敗戦国であったということもあり、早い時期から悪とされる側にも事情がある、という視点は持っていた。ガンダムで言うならば、ジオンにはジオンの正義があるってことね。
 アメコミでも、大戦中は日本軍やナチスと戦っていたキャプテンアメリカが、ベトナム戦争以降は、製作者スタン・リーの奇跡的な手腕でこの「正義と正義の衝突」に気づいて路線変更した。(このあたりは小野 耕世さんの著作を参考にしてください)
 どうしても単純に多くの敵を倒していく爽快さを求める作品の場合、その敵は、無慈悲な宇宙人(インディペンデンスッデイ)や、人類を支配しようとするコンピューター(ターミネーター)や、知性のない虫の大群(スターシップトルーパー)になっていった。今、ハリウッドのSF映画で大量に殺戮されている、これらの敵たちは、以前はネイティブアメリカン(西部劇)であり、日本軍やナチス(戦争映画)であり、中東系のテロリストであったのである。

 これが、作品の同時代性という事なのだ。

 太平洋戦争を語るのならば、悪い敵国の兵隊を倒して我勝てり、ではもう幼稚すぎるのである。
 現代で、太平洋戦争を舞台にした作品を作る場合は、物語を通して主人公が、この戦いは「正義と正義の衝突なのだ」と気づく、というのが現代的な描き方なのである。その好例が、C・イーストウッド監督が、アメリカ人に向けて語った、「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」の二本の映画であろう。前者は、戦争宣伝に翻弄された兵士の回想で、アメリカ人の「正義」に皮肉な目を向け、後者はアメリカとは「別の正義」で愚直に戦った日本兵を描いて「正義の衝突」を見せている。
 これこそ、現代の戦争の描き方だと思う。



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by hajime_kuri | 2015-03-29 18:45 | 小説指南 | Comments(0)
「イカロスの翼(仮)」を作っていくシリーズ第五回。今回は今までの行程を実際のアプリ「Story Editor」に落とし込んでいく実技の解説。
このソフトはアウトラインプロセッサという企画や物語などを作っていくツールで、みなさんおなじみのMSパワーポイントもこの一種である。パワーポイントのアウトライン表示がまさにそれ。
私の愛用する「Story Editor」、実はWindows7以降は未対応になっている。ただし使えないわけではない。インストールに際してインストーラーを使う場合が未対応なので、プログラムフォルダ自体をダウンロードしてパソコンの任意の場所(デスクトップとか)に解凍し、フォルダの中の起動ファイル(拡張子が.exeのもの)を直接クリックすればよい。起動ファイルのショートカットをデスクトップに貼っとけばいいわけで、プログラムの起動をOS(Windows)に依存させないわけだ。
(1)
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(2)
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さて、起動した画面が(1)である。左にツリー表示されている。それぞれの要素をノードといい、その選択したノードの中身が右の大きな画面に表示される。まずは、登場人物の一覧が登録されている。
次の画像(2)があらすじノードを登録したところ。このノードの下位に各章のノードを登録する。その章の下位のノードにシーンを登録し、思いつきや防備メモや説明の文章を徐々に作品の文章に磨き上げていくわけである。このノードは順序の入れ替えもレベルの上下も自由にできる。新たなシーンや章の追加もできる。

折に触れプリントアウトして読み直したりしながら完成に近づいていくわけである。実際には、短い作品などは、このプロセスは脳内ですませてしまうのだが、この講座では、その思考プロセスを可視化するためにこれを使っている。昔は映画製作のシナリオ作業で、箱書きというカードを使う方法でストーリーづくりをしていたと聞く。チーム作業では当然イメージを可視化しないと共有ができないのでこのような方法を採るのだろう。
現代、チームでストーリーを作らなければいけないゲーム制作などの現場ではどのような方法やツールでストーリーを作っているのか興味がある。
私の知り合いのテレビ番組制作者やゲームに関わっている関係者の方も、ちょくちょくここを読んでいるらしいので、忘れないように、この場を借りてお願いしておこう。
「一度、教えてください」(いっぱいやりながら)

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by hajime_kuri | 2015-03-24 10:24 | 小説指南 | Comments(0)
Amazonストア内に、作家・栗林元の著者ページを作ってあります。
主な著作もこちらでダウンロードが可能です。
また、作者へのご質問などにもご利用いただけます。

栗林 元 著者ページ
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by hajime_kuri | 2015-03-23 21:43 | 小説指南 | Comments(0)

「イカロスの翼(仮)」の構想を練る四回目である。前回は主人公タカシのキャラクター像を練り込んだ。本当は、物語に登場するかどうかはさておき、家族構成や両親の仲がよかったか悪かったかなど彼の周辺まで考えるのだが、今回は、ストーリーに直結する他のキャラクターを練り込むことにする。

まず、タカシと同じドローン部隊に属するパイロット・ケンジだ。彼は元々空軍のパイロットで、任務中の戦傷で車いすを余儀なくされ、除隊したが技量を買われてドローンのパイロットになった。生粋の軍人キャラである。ただ、彼は生身をさらして戦闘に参加していただけに、安全なところで操縦される無人機で敵を殺傷することに強い嫌悪感と罪悪感を感じる。そんな彼が軍務を続けるには、それなりの動機が必要だ。そこで、彼が入隊したのは妻を敵国のテロで殺されたから、そして再び軍に戻って無人機のパイロットをするのは、残された一人娘を養育するためやむを得ず、という理由を付けた。
もう一人の同僚は、アキラ。彼もまた技量を買われてスカウトされるが、それはゲームからである。ケンジのように罪悪感も嫌悪感も感じることはない。ゲームの刺激におぼれるジャンキーである。体は正常でも、心と感覚を任務でぼろぼろにされた、彼もまた戦争の犠牲者なのだ。

そして、タカシを見守るマリアというキャラクターがいる。
彼女は障害者を支援するボランティアとしてタカシに接する。しかし、長い年月をかけてもできなかった、タカシが自信を持って社会へ出てアイデンティティーを確立する、という事を、自分たちの支援ではなく軍隊の任務が可能にしたということに打ちのめされてしまう。
しかし、軍隊の広告塔として英雄になったタカシが、一転、心を病んで絶望したときに、唯一彼を救うのがこのマリアという女性なのだ。


年上のケンジは、同僚のアキラ、そして主人公のタカシらが、任務を通して変わっていく様を冷徹に観察している。彼の視線が読者の視線だ。
ケンジは、憎しみの連鎖で終わり無き戦いを続ける自分たち人類に半ば絶望を感じ始めている。しかし、ぼろぼろになったタカシを最後に救ったマリアの無私の愛情を目撃し心に思う。
「人間の心にマリアのような気持ちがある限り、人類は必ず自分たちの愚かさを克服するに違いない。そう信じて、俺は絶望はしない。ぜったい絶望なんかしてやるものか」と。

この物語を構想しながら、作者は過去の戦争をテーマにした多くの作品を想起するのだが、それら作品の多くが、憎しみの連鎖から戦争をやめられない人類の愚かさを嘆いたり憤慨したり呪ったりするものである。そこで、作者はそれをさらに一歩進めて、そんな人類に絶望しない、あきらめない、というところまで歩を進めることにした(この、絶望を拒否する勇気は、「シン・レッド・ライン」という太平洋戦争を題材にしたアメリカ映画で唯一見たことがある、これは傑作映画ですのでぜひ見てくださいね)。
私は、このマリアというキャラクターに、その人間の心に潜む本当に「善」なものを仮託したわけである。

次回は、これらの設定をふまえて、思いついたエピソードを列挙(カード化)し、それをつないでストーリーラインを作る作業に入ろう。お楽しみに。

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by hajime_kuri | 2015-03-03 15:43 | 小説指南 | Comments(0)