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「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

カテゴリ:純文学( 8 )

「小さき者へ」重松清


お父さんが初めてビートルズを聴いたのは、今のおまえと同じ歳―十四歳、中学二年生の時だった。いつも爪を噛み、顔はにきびだらけで、わかったふりをするおとなが許せなかった。どうしてそれを忘れていたのだろう。お父さんがやるべきこと、やってはならないことの答えは、こんなに身近にあったのに…心を閉ざした息子に語りかける表題作ほか、「家族」と「父親」を問う全六篇。(アマゾンより)

表題作は、父親が子供に書いた、でも出せなかった手紙で構成されている。子供が何を思い、何にいらだち、何に怒っているのか。そして、同じ年のころ、子供だった自分は父親をどう見ていたのか。人の親となり、家族の問題を抱えた時、父は何を思うのだろうか。
実は、俺の息子は高校を中退して、すでに6年も外へ出れない。そんな自分にいらだち、小さな小さな社会である家族にいらだち、未来に対しては希望より不安が多いようだ。俺は、その高校中退騒ぎの渦中に、同居の親(元教員)から子供の教育で責められ、仕事に穴を空けて勤務先から責められ、結局メンタルを病んでしまった。
重松清の作品で、僕は涙を流して、それでも少しほっとする。つらいのは、僕だけじゃないんだ。子供をわかってはやれないが、最後まで一緒にいてやろう。親なんだもの。

小さき者へ (新潮文庫)


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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編・栗林元

神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元

盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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by hajime_kuri | 2013-05-19 11:01 | 純文学 | Comments(0)

意地っ張りだけどマジメなシュウ、お調子者で優しいヤスオ、クールで苦労人のコウジは、中学からの友だち同士。コウジの母親が家出したときも、シュウがカノジョに振られたときも、互いの道を歩き始めた卒業の日にも、三人の胸にはいつも、同じメロディーが響いていた。サザン、RC、かぐや姫、ジョン・レノン……色あせない名曲たちに託し、カッコ悪くも懐かしい日々を描く青春小説(アマゾンより)。

中学から高校までの時代を舞台に描いた青春小説で、俺的には登場人物より3歳ほど年上になる。流行歌を下敷きに描かれる小説は、決して珍しいものではない。むしろ陳腐かもしれない。でも重松清だ。読みごたえのある作品になっている。
友達との友情と同時に、故郷と親を捨てて大人に踏み出す物語でもある。そこが、個人的に胸に迫るのだ。
実は、俺もこの小説の登場人物と同じように、愛知県という地方都市の、その閉ざされた世界ではトップクラスと言われた県立高校に間違って合格してしまった少年だった。身につまされるんだよね。紆余曲折の果て、現在ブルーカラーの仕事をしている俺は、世間的には負け組なんだろうな。でも作者のまなざしは、そういうものにも温かい。俺が重松清の作品にひかれるのはそんためなのかも。
あの頃、親に対して感じていたさまざまな思いがよみがえった。そんな少年(俺)が、今は人の親なのである。

あの歌がきこえる (新潮文庫 し 43-14)
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by hajime_kuri | 2013-05-18 21:51 | 純文学 | Comments(0)

「流星ワゴン」重松清



死んじゃってもいいかなあ、もう……。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。そして――自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか――? 「本の雑誌」年間ベスト1に輝いた傑作。

重松氏の描く3組の父親と息子の物語である。
自分が父親になった時、まず考えたのが、俺の父親が今の俺の年だった時、同じ状況でどう考えたのだろうか、ということだった。自分の子供が成長する折々の局面で、いつもそれを考える。そして同時に、自分が息子と同じ年だった時、どれほど父親が嫌いだったかということも。
僕の父親は、80歳を目前にして、ぽっくりと急逝した。何しろ、死ぬ数時間前に、自動車を運転して確定申告の会場へ行っていたぐらいの急死だった。
この作品を読んだ最初の感想は、ああ、俺は結局、本当の意味での和解をしないうちに親父と別れてしまっていたなということだった。
この作品の父親たちは、父になることによって、はじめて自分の父と和解を果たす。読んでいて、何度も目がうるんできた。
俺も、父として、家族と向き合って、もう一度、生きてみようという気持ちをもらった。

流星ワゴン (講談社文庫)
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by hajime_kuri | 2013-05-11 19:36 | 純文学 | Comments(0)

この作品は、「死」についての物語である。さらに正確にいえば死による「別れ」の物語だ。
ゆるやかにつながった短編は、ある話では、学友の死に直面する少年、ある話では、余命の宣告を受けた父親、余命の短い妻の死に対する夫、など、さまざまな「別れ」とその「悲しみ」からの再生を描いている。
登場人物たちを語り見つめる作者のまなざしの、なんという優しさよ。
俺は、重松氏の作品を読むたびに、死と別れから逃れられない「人」に対する優しい気持ちが湧いてくるのを止めることができない。
普段は、「けっ、人生なんて」とニヒルを気取りがちな俺が、すぐに家へ帰って、家族の顔を見たくなってしまう。そして、俺自身が、子供たちや妻から、どれほど支えてもらったかということを感じて、「ありがとう」という気持ちになる。
読み終わるたびに、俺にそんな気持ちを与えてくれる重松氏の作品には心から感謝したい。

その日のまえに (文春文庫)
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by hajime_kuri | 2013-04-27 21:32 | 純文学 | Comments(0)

「舞姫通信」重松清



重松清の「舞姫通信」は「自殺」の話である。
「自殺」で、まず我々が思い浮かべるのは、自ら死を選んだ当事者のことなのだが、実際にはむしろ大きな傷を負うのは残された者なのである。
「なぜ死を選んだのか」、「なぜ助けることができなかったのか」等、日常の中に取り残された者の気持ちと、その気持ちと折り合いをつける過程がこの作品の縦糸である。
自殺した兄の双子の弟が主人公。その兄の残された恋人。主人公が教師として働く高校に残る、自殺した女生徒を神格化した舞姫という学校神話。心中で死にそこなった少年。そしてマスコミ経由で脚色された自殺事件に向き合う大衆という「残された者たち」。
この物語構成のなんという巧さ。
登場人物たちを通じて、我々読者は、忘れていた死を思うのである。
善悪に関係なく、「人はいつでも死を選ぶことができる」という事実は、いったい何の意味があるのだろうかと。

実は、私もこの主人公と同じ年齢のころ(20才)に、高校時代の学友が自殺した経験がある。私もまた残された者なのだ。そして、その4年後、社会人2年目に、私は自殺を試みたことがあるのだった。自殺は、伝染する場合もあるのだ。

そんな30年以上も昔の自分の心に向かい合ってしまった「メメント・モリ」な作品である。

舞姫通信 (新潮文庫)
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by hajime_kuri | 2013-04-21 21:43 | 純文学 | Comments(0)


とにかく、これは面白かった。何しろ社員旅行へ行く日の朝、書店で購入して読み始め、半分読んだところでホテルに宿泊。翌日、ホテルに本を忘れてしまい、あわてて本屋でもう一冊購入したほどだ。
大阪のしがない短大助教授・桑潟のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれた。出版されるや瞬く間にベストセラーとなるが、関わった編集者たちは次々殺される。この突然殺人事件の渦中に放り込まれるしがない短大の準教授が笑わせてくれる。また、遺稿の謎を追うもう一人の主人公北川アキの造形がいいのである。「アトランチィスのコイン」と呼ばれる超物質や、戦争中の旧日本軍の存在など、「雑誌の特集記事」や「新聞記事」などを巧みに引用しながらストーリーが語られる。
北川アキ女史と元夫の謎解きストーリーと、へっぽこ教授桑潟の現実とも幻覚ともつかない不思議な体験が並行して描かれる。
ミステリーとSFの文法で、近代の日本文学を語るわけである。面白い。筒井康隆の「文学部唯野教授」なんかを思い出した。
また、饒舌な文体が気持ちいい。どれぐらい饒舌かと言うと、もうこりゃあ情報過多と言ったほうがいいんじゃないかと思われるほど饒舌(と思わず、紹介している俺の文章まで饒舌・・・)。
満腹できる読後感である。週末の夜に一気にお読みいただきたい。

モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)

猫は勘定に入れませんさんの「モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活/奥泉光」にTBしました

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作者は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編

神様の立候補/ヒーローで行こう!
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by hajime_kuri | 2009-04-06 17:10 | 純文学 | Comments(0)
a0003784_09192.jpg98年に第11回三島由紀夫賞受賞。
21世紀のカブキ界に君臨するのは、果して誰か―世界が注目するなか華麗な「顔見世」が琵琶湖畔の巨大な船舞台・世界座で幕を開ける。だが、その水面下では、守旧派の名女形と改革派の人気立役者が、凄絶な勢力争いを繰り広げていた。美少女・蕪は、謎の手紙に誘われる形で騒動に巻き込まれ、世界座舞台裏の怨念渦巻く大迷宮に迷い込む。というのがアマゾンの紹介だ。
絢爛豪華な物語である。近代日本で、カブキが娯楽の王者として君臨する、架空の世界を舞台に、物語は、世界座の「顔見世」の進行と、近代カブキの発展史(架空の)が交互に語られる。さらにその興行の舞台裏で、少女蕪と若衆の月彦は、禁断の世界座楽屋を彷徨う。いったい何のために、そして二人は顔見世でどんな役割を帯びているのだろうか。
カブキ・藝、を題材に、作者は芸術と人間、芸能と人間の根元に迫って見せる。
なんともスリリングで面白い。また、少女蕪と若衆の月彦がいいキャラクターなのだ。そして、驚きと謎に満ちた世界座の迷宮・楽屋・・・。
「千と千尋~」とか「千年女優」のクオリティーでアニメにしてもらうと、すごい作品になると思うよ。プロデューサー諸子、いかがですかな。
カブキの日 新潮文庫 小林 恭二 (著)

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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編・栗林元

神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元

盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元


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by hajime_kuri | 2005-01-29 17:26 | 純文学 | Comments(0)
a0003784_22421.gif 死の床にある父を見守る息子が、父から聞いたジョークやほら話を回想するというスタイルの寓話集である。
仕事に熱心で、それ故にあまり一緒の時間を作れなかった父と息子。主として父への思いが込められているのだが、40も半ばをすぎた俺は、どうしても死に行く父の思いを考えてしまう。
 父エドワードの話は、誇張されたほら話であったり飛びっきりのジョークであったりする。だが、それはとても強い心が必要なのだ。
 職人や自営業者のように仕事ぶりを直接子供に見せることの出来ない俺たち勤め人は、ともすれば子供や妻の前で仕事や勤務先や取引先の愚痴をこぼしていないだろうか。将来、立派な大人として社会に出なければならない子供達に、絶望するような話が聞かせていないだろうか。
 エドワードが、子供に語るのは、冒険やロマンに誇張された話で、決して泣き言や愚痴ではない。息子は、父のほらやジョーク(彼は自分の死すらジョークにする)に、あきれはするが、軽蔑はしない。父は仕事を楽しみ、仕事で冒険をし、唯一の気がかりは、息子に人生について何を伝えることができたかということだけ。俺は、この絶望しない父の姿ほど、雄弁に人生の光を伝えるものはないと感じた。
 読後感さわやかな大人の童話だ。俺もエドワードのような親父になりたい。

ティム・バートンが映画化した作品が近日公開だ。↓
公式サイト
ビッグフィッシュ―父と息子...←アマゾンへGo!
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by hajime_kuri | 2004-04-08 22:01 | 純文学 | Comments(0)