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「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

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「ゼイラム」(雨宮慶太)

a0003784_11140.jpg雨宮慶太監督が91年に手掛けた特撮SFアクションだ。地球へ向かう宇宙の凶悪生物・ゼイラムを追う女賞金稼ぎ・イリア。彼女はゼイラムを迎え撃つ密閉空間「ゾーン」を合成していたが、その空間に地球人(それもドジな二人組)が紛れ込んだことから窮地に追い込まれていくことに。
公開当時、実在の町そっくりに合成されたゾーン(セット安上がり)、無人の街で繰り広げられる死闘(エキストラ不要)、という低予算という条件を逆手に取った舞台設定と上手い演出に思わずうなったものである。
イリア役の森山祐子、惚れましたともさ。続編「ゼイラム2」では名古屋シネマスコーレ(だったと思うけどシネマテークかシルバー劇場だったかもしれない)の舞台挨拶を見に行って、生・森山祐子に会ってきた。
友人・O野氏(現在は作家の安西啓氏)と行ったのだが、彼が周りのファンを見回して「オタクばっかだな」とはき捨てるように言ったのが印象的。彼は森山祐子を写真に撮るため、一眼レフのカメラ持参。驚いたことに、ジャケットのポケットには、さらに使い捨てカメラが四台入っていて、驚くべき早業でバシャバシャとシャッターを切る。間違いなく、その日一番のオタクは彼だった。握手もしてたし(笑)
この作品で登場したデザイン、特にネオアジア・ネオオリエンタルとでもいえるようなデザインとか、梵字風の架空文字だとかは、確実にその後の映画・アニメ・ゲーム・小説などの世界観に影響を与えた。サブカルチャーの世界全体に対してもエポックとなった作品である。
今見ても、まったく古さを感じない。エンターテイメントとして一級品だからだ。

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作者は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編

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by hajime_kuri | 2004-04-28 11:02 | 映画 | Comments(1)

「少林寺」を見た頃

a0003784_204031.jpgジェット・リーがリー・リンチェイとして衝撃的なデビューを果たした作品。
もう何回見たことか。1982年の封切り時に劇場で4回は見てるし(笑)。
中国武術大会5年連続総合チャンピオンだったリーの動きは見事。
もうこれだけで十分。
とはいえ、ストーリーは史実に基づいて作られている。随朝末期、唐の太宗を助けて王将軍を破る少林寺の武僧たちの話。いや本当にすごい。
日本の少林寺拳法連盟が資本協力していたようで、大群衆の乱戦シーンでは、見覚えある本部の人間の姿も(中盤の寺襲撃シーンで、上着を脱いで戦う僧は、当時本部で教えていた山崎先生です)。私は大学を出て社会人一年生。少林寺拳法(日本のね。中国拳法の方は少林拳と言うようです)の練習もやめていた。
日本の少林寺拳法の開祖宗道臣は戦中に嵩山少林寺に立ち寄ったことがあり、そのご縁である。一部の武道ファンなどからは「中国拳法を詐称している」などと非難もされるが、それは間違いで、最初から開祖自身「GHQ」の武道禁止措置をごまかすために「これは、一見武道に見えますが、中国伝来の易筋経という踊る宗教です。アメリカのお陰で信仰の自由も保障されてうれしい、むにゃむにゃ」と煙に巻いたということである(爆笑)。その姿を想像すると思わず頬がゆるむ。
多くの武道家が、武道修行禁止を告げられて憤ったり山にこもったりした時に、すました顔で「南無阿弥陀仏」とは、おおらかでユーモラスだ。
この開祖宗道臣が少林寺に立ち寄って白衣殿の壁画にインスパイアされた話は有名だが、彼がこの壁画を語るとき、技術や練習方法だけではなく、互いに修行する僧達が「楽しげに微笑んでいる」ということを一番よく言っていたという。ともすれば最強とか勝負に走りがちな武道界では異質の人だったのだ。
こんな逸話もある。色々な武道団体には必ず保守系代議士が名誉顧問となって名を連ねているものだが、開祖のもとにそのうちの一人がやってきた。選挙に備えて、少林寺の組織票をお願いに来たのである。
開祖曰く「日頃お世話になっている先生のことだ、私と女房の二票はお任せ下さい。ただ、弟子達は弟子達の考えで投票しますので」
リベラルな開祖の面目躍如といったところだ。私は、大学三年の時に、直接法話を聞くことができた。彼が亡くなったのは、その数年後である。

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少林寺拳法オフィシャルサイト
本場中国の嵩山少林寺公式サイト



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by hajime_kuri | 2004-04-27 20:41 | 映画 | Comments(0)
もっぱら自分用なんだが。
とりあえずアマゾンのシステムを利用してます。


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by hajime_kuri | 2004-04-26 22:50 | 管理者kuriのコメント | Comments(0)
原語版「ツバメ号とアマゾン号」表紙
ランサムサーガとは、英国の児童文学者アーサー・ランサムが記した12冊の物語を総称して使われている。
主に英国の湖水地方を舞台に、子供達の冒険が描かれている。
「ツバメ号とアマゾン号」がシリーズスタートの物語で、昭和30年代以降に子供時代を送った方達なら、必ず図書館で背表紙ぐらいは見ているはずだし、ファンも多い物語である。
はじめて読んだのが小学校の3年の時で、その時は、思慮深いお姉さんのスーザンが憧れキャラ。大学受験中に英語の勉強かねてPuffinBooks版に眼を通したときは、きっぷのいいナンシイ船長がお気に入りキャラになっていた。
この作品の影響で、当時回し読みしていた浪人仲間三人の内、二人は進学後ヨット部へ、一人は山岳部へ入部してしまいました。罪作りな話です。
で、もうすぐ50になろうという親父になると、すっかりフリント船長に寄り添う気分だ。
一番印象深いのは、「長い冬休み」である。
シリーズに新しいキャラ、都会育ちのドロシー(姉)とディック(弟)の兄弟が加わる話で、この物語に憧れていた私は、まさにディックと一体になって、ウォーカー兄弟やブラケット姉妹と知り合いになったような気分になったのだ。
※私は、そのころからメガネをかけていて、いわゆる「科学」少年だっただけに、ディックというキャラは「これは、僕だ」と感じていたわけです。
物語のおもしろさは、書かれてから70年以上経っても読み継がれていることで明らかだ。私自身、今この歳になっても時々読み返しては「にやり」としているぐらい。
思えば、私は、この物語に代表される英国児童文学で、「ルールを守る」とか「正しい行いに勇気を持つ」とか「年下のこどもの面倒を見る」とか「行いに責任を持つ」とか「素直に謝る勇気」とかの他人と生きるための約束を学んできたのだと感じる。
親と子とも、それぞれ感じるところのある作品群だ。
「ツバメ号とアマゾン号」アーサー・ランサム全集 (1)←アマゾンへGo!
「ツバメの谷」アーサー・ランサム全集 (2)←アマゾンへGo!
「ヤマネコ号の冒険」アーサー・ランサム全集 (3)←アマゾンへGo!
原語版「ツバメの谷」表紙
「長い冬休み」
「オオバンクラブの無法者」
「ツバメ号の伝書バト」
「海へ出るつもりじゃなかった」
「ひみつの海」
「六人の探偵たち」
「女海賊の島」
「スカラブ号の夏休み」
「シロクマ号となぞの鳥」

このシリーズはファンも多い。
FUMINORI KIMURA さんの制作した「ランサムサーガ」の総合ガイドページ↓
ランサムサーガ
ランサムの作品を味わうガイドとして、これ以上のものはないと断言できる。
さらに、世界中のファンが、「聖地巡礼」(笑)を行っている。↓
Naoto Kimuraさんの聖地巡礼情報のページ
私も一度巡礼に出たいと思っている。当然、その時はフリント船長のような屋形船で運河を旅するつもりだ。
↓以下は原語版
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Swallowdale←アマゾンへGo!
↓以下は英国BBCのドラマ
Swallows & Amazons: Coot Club 「オオバンクラブの無法者」[DVD] [Import]←アマゾンへGo!
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英国BBCの「オオバンクラブの無法者」

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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編・栗林元

神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元

盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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by hajime_kuri | 2004-04-25 11:57 | 児童文学 | Comments(0)
a0003784_10114.gif 健康、アイドル、レトロ…さまざまなモノが意外なきっかけでブームになる。何がいつブームになるかは、誰にもわからないが、ブームはいつかは終わる。ブームはどのように頂点を迎え、何がきっかけとなって退潮し、終焉していくのか。クラシックカメラブームのなかに身をおき、成功と挫折を味わった著者が自身の経験をふまえ、考察した一冊。
 私は勤務先(広告会社)で、SP業務に携わっているだけに、実に参考になった。
特に、作者の体験から導き出された「法則」が載っているが、これはもう、すぐプレゼンで口走ってしまいそうな名言ばかり。↓
法則
1 ブームは「作られる」のではなく、「発見」される
2 複数の教祖が現れる
3 何らかの「特別な地」が必要とされる←巡礼できる聖地
4 原点が頂点であり、到達点である
5 大新聞が取り上げたときがピークである
6 必ず新規参入する人・企業・が現れ、市場を荒らす
7 売り上げ下落の理由が見つかるときはもう終わり
8 拡大への動きが止まると、二度と盛り上がることはない

 詳細は、読んでのお楽しみ。
 ブームというよりも、ブームを生む消費者心理がよくわかる一冊である。マーケ担当の必読書。
ブームはどう始まりどう終わ...岩波アクティブ新書←アマゾンへGo!

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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編・栗林元

神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元

盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

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by hajime_kuri | 2004-04-20 10:02 | 広告・SP | Comments(1)

新しい正義のありかた

ここ数日、イラクの外国人が集中的に誘拐されている。
強大なアメリカの武力の前に武装勢力は、弱い部分を突いてくる。そして国際社会と人質の国に「アピール」をするという、いわば外交攻撃であろう。
イラクとアメリカは、お互いの復讐を血で血を贖うように繰り返し、いまやパレスチナとイスラエルのような有様である。暴力の連鎖だ。
武力による「正義」の駆使が大きな限界にぶち当たっているのだ。そろそろ、新しい、正義のあり方が模索されてもいいのではないか。少なくとも、武力による解決を否定している日本なら、そういったある意味「理想バカ」のようなことを提言できるのではないだろうか。
だまし討ちのような形で派遣はされたものの、今となっては、戦わない軍隊「自衛隊」はその意味でも、イラクで「平和を希求する日本」の象徴としてアピール出来たのではないかと感じられる。
じゃあそれはどんな方法なのだ、といわれると答えようがない。
でも今まで自民党政権は、そのような方法を考えようともしなかった。逆に、左翼系の勢力は、アメリカ帝国主義反対一色で、反米勢力はみな正しい、みな犠牲者、みな可愛そう、という二元論が前提としてあり、やはり、俺としては首を傾げざるを得なかったのだ。
日本は、平和に対する日本の思い(憲法とか)の国際的なアピールが絶対的に不足していたのではないか。自民党政権は、アメリカと同じことができない、ということで国際貢献ができない、と断定しているようだが、それは違うだろう。アメリカのできない方法を考えてみないか。
指輪物語で、ホビット達はおよそ「戦えない」連中だが、アラゴルンたちよりよっぽど重要な役を果たしているではないか。

ということで、派遣決定直前の自衛隊派遣に関する俺の過去の記事↓
 「指輪物語」で考えたこと
をトラバしておいた。

でも今書いたようなムーブメントに、プロ活動家がしゃしゃり出てきてでかい顔をするのは嫌だな(笑←本当に嫌いなんだな俺)
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by hajime_kuri | 2004-04-13 20:45 | 戦記 | Comments(6)
インターネット上でここ数日、すさまじい勢いでこの話題が飛び交っている。
自衛隊の撤退云々に関してである。
私のスタンス(当初から派遣は反対だが、テロリストの要求に屈して撤退するのはまずい)は過去の記事でご判断いただくとして、現状、撤退を呼びかける市民運動は、対イラク国民とテロリストに対して「情」の部分でうまくアピールしていると思う。
同時に、国の「撤退しない」、という姿勢は、国際社会とテロリストたちに取って国としての姿勢を示していて、やはり貴重である。
冷静に考えると、この二つはどちらも必要なのだ。
「情」の部分がなければ、テロリストは硬化する。しかし、国が弱腰では、事件が続発(ダッカの時のように)する。
国の姿勢に関しては、分かりやすい例をあげておく。
困っているから10万円貸してと言われたら、俺は喜んで貸す。でも殴られて「1万円出せ」と言われたら、俺は絶対に出さない。例え1円でも出しません。それがけじめである。そこでまあ1万円だから、と渡してしまえば、その後、彼は毎日、金をせびりにきて、パシリにされてしまう。
学生時代、クラスに一人はそんな子がいなかっただろうか?
先に述べたけじめを守りつつ、殴らなくても、君が本当に困っているなら、みんなは貸してあげるよ、というのが「情」の部分ですね。
この台詞は、殴られるのにびくびくしながら言ってはいけないのです。
殴られながらも毅然と顔を上げて言わなければならないのです。
不本意ながら自衛隊をまず残して交渉するというのはこういうことです。
その上で、ちゃらんぽらんな考えで自衛隊を派遣した政府自民党には、選挙でおしおきしようではないか。
※イラク全土が戦闘区域になったからとりあえず、自衛隊を隣国に下げる、というのもテロに屈したわけではない、といういいわけが立つよい方法ですよ。

ただ、この問題に関して私が不快に思うのは、人質の命を口実にして、「自衛隊は違憲」とか「小泉内閣打倒」という政治的なスローガンが出てくることである。
私はそれらの意見に異を唱える訳ではないし、ある意味賛成する場合もある。しかし、国民が切に願う人質の解放メッセージを、「それ、チャンス!」とばかりに政治スローガンにすりかえる手口の卑しさは、何よりも人命を軽視していることにならないだろうか。
撤退要求派の方達は、撤退慎重派に対して、「あなたたちは人質の方の命をなんだと思っているのですか、きぃー」とヒステリックに叫んでいるが、私も、左翼崩れのプロ活動家の人に、同じ言葉を返したいところである。

かつても、エイズ訴訟などで、プロ活動家がしゃしゃり出てきて、運動開始当時の善意の支援者が、次々と運動から身を引いたということがあった。
今回、人質の家族の方達の政府への抗議に、かなり手厳しい意見が寄せられた。
これも、そういった運動のプロ達によって家族の行動にバイアスがかけられたせいではないのだろうか。←お父さん、お母さん、本当に悪いのはテロリストではなく自民党です。(といって俺が自民党支持と思われても困るが・何せ30年来の反自民・笑)

だから、今度は逆に撤退慎重派に言いたいのだが、ただでさえ不安で倒れそうな家族に無神経な中傷やメールやFAXを送るのはやめていただきたい。悪いのは彼らではなく、彼らに入れ知恵するプロ活動家だ。
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by hajime_kuri | 2004-04-13 01:08 | 時事 | Comments(5)

二転三転

いったいどうなっているのだイラク人質事件。
そもそも最初の解放声明自体が本物だったのか?

またプロ活動家が行っている自衛隊の撤退要求だが、
怒りの矛先が違うだろう?
まず、解放を呼びかける先はテロリストでありイラクだろう。
そして、イラクの市民のためには、アメリカに対してファルージャの戦いを止めるようにということだ。
日本の政府に対しては、何故自衛隊派遣にあたってこういう危険に眼をつぶって、ことを急いだのか、その責任を追及して、選挙でその結果を教えてやることだ。

日本の政府に撤退を要求するのは、テロリストの口車に乗っているのと同じだろう。
俺がテロリストの指導者なら、今後、自由世界にむけての要求は、まず手近な日本人を誘拐してから公表することにすると思う。
しかも、日本の活動家たちはテロリストをレジスタンスのような英雄だと勘違いしてくれるようだし。←頭が60年代でストップしているようだ。

とここまで書いてきたが、テロリストに対して、自衛隊派遣が日本国民の総意で行われたのではない、というアピールにはなると思う。そういう意味では、撤退要求は悪くはない。
ただ、国としては、ここは頑としてして撤退しないことも重要である。
だからこそ派遣は慎重で無ければならなかったのだ。
まずは、イラク国民に強く同情を訴える。
そして、人質をとったテロリストがイラク国内で孤立し、大義を失うことが重要である。
日本の国民に訴えたいなら、まずは人質を無事に解放するのが先だと思うのだ。
撤退論議はその後である。
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by hajime_kuri | 2004-04-12 07:41 | 時事 | Comments(0)
非常な大事件であるが、どうしても疑問に感じるのが国民の撤退の合唱。
私も派兵には反対だったが、この事件が起きてしまった以上、撤退は絶対できない。
テロに屈すると、世界中の日本人が狙われる。これは政府の言うとおり。その覚悟で派兵したかどうかが批判の的になるべきで、人質のために撤退するのは「愚行」以外の何ものでもない。
国民が怒りを向ける矛先は政府(←こいつらには怒りでなく軽蔑を感じるけどな、俺)ではなく、テロリストである。みんなでその怒りをアルジャジーラに送ろうではないか。メールアドレスはここ
内容は「イラク国民に対して、日本国民はテロリストに怒っていること、人質が死んだら支援はやめたい、未来永劫イラク国民に対して怒りを覚えたままであろう、イラク国民が自分たちの行く末を自分たちで決めたいのと同様、自衛隊の撤退に関しても、日本の国民は自分たちで決めたい。テロで脅されるなら、撤退したいけど撤退は思いとどまる。
人質の命が脅かされたとき、日本の"国"が黙っていても"日本人"は泣き寝入りはしない。テルアビブ空港で起きた事件を覚えていますか。バクダッドで同じような事件が起きないことを祈っています」という内容でどうだろうか。(まっ、これは極論ですが、みなさんは「皆さんの意見」を送って下さいね。)
※身勝手な「大義」のために人の命を軽視するテロリストに怒りを覚えるが、同時に人質の方の中に「私に何があっても、テレビ報道で泣いたりうろたえたりするな」と言い残した方がいることを聞き、感動している。これほどの覚悟で事に当たってるのか政治家どもは。
※追記
コメントで、アルジャジーラ様へのテロリストの連絡が、メールの嵐で埋もれるのではないか、というご指摘が寄せられました。↓
とりあえず、そのコメントもお読みいただいた上でみなさんご判断と行動を。
ただし、この記事を消せ、ということには従いません。
やはり「怒り」が「テロリスト」ではなく「手近な政府」に向かうのは、それこそテロリストの思うつぼだからだと考えるからです。
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by hajime_kuri | 2004-04-10 20:12 | 時事 | Comments(12)
a0003784_22421.gif 死の床にある父を見守る息子が、父から聞いたジョークやほら話を回想するというスタイルの寓話集である。
仕事に熱心で、それ故にあまり一緒の時間を作れなかった父と息子。主として父への思いが込められているのだが、40も半ばをすぎた俺は、どうしても死に行く父の思いを考えてしまう。
 父エドワードの話は、誇張されたほら話であったり飛びっきりのジョークであったりする。だが、それはとても強い心が必要なのだ。
 職人や自営業者のように仕事ぶりを直接子供に見せることの出来ない俺たち勤め人は、ともすれば子供や妻の前で仕事や勤務先や取引先の愚痴をこぼしていないだろうか。将来、立派な大人として社会に出なければならない子供達に、絶望するような話が聞かせていないだろうか。
 エドワードが、子供に語るのは、冒険やロマンに誇張された話で、決して泣き言や愚痴ではない。息子は、父のほらやジョーク(彼は自分の死すらジョークにする)に、あきれはするが、軽蔑はしない。父は仕事を楽しみ、仕事で冒険をし、唯一の気がかりは、息子に人生について何を伝えることができたかということだけ。俺は、この絶望しない父の姿ほど、雄弁に人生の光を伝えるものはないと感じた。
 読後感さわやかな大人の童話だ。俺もエドワードのような親父になりたい。

ティム・バートンが映画化した作品が近日公開だ。↓
公式サイト
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by hajime_kuri | 2004-04-08 22:01 | 純文学 | Comments(0)