「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

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官能小説について 2

前回に引き続き、官能小説に関して語ろう。

 私が初めて読んだ官能小説は、高校教師をしていた父親の本棚から拝借した、ジョン・クレランドの「ファニー・ヒル」である。18世紀に債務者監獄の中で書かれた近代性愛文学の始祖といわれるもので、検閲問題の歴史とともにも語られる作品である。
中学生の頃に読んだのだが、同じ頃、SM雑誌を読んでいた同級生がいて、彼は大人になってコピーライターになった。私は古典ポルノを読んで、大人になって作家を志したわけで、やはり最初の作品は人の生涯を決定するのかも。

 この作品は別名「ある遊女の回想記」と言われるように、高級娼婦が主人公。必然的にセックスシーンが登場する。しかも、その相手となる登場人物を描きながら、当時の社会を風刺し、なおかつ主人公を通して女性の快楽をも描いたというところが近代的なのである。また、主人公の遊女が文学などに精通したインテリだったのも魅力である。

 官能小説の第一の要素は、自然に必然的に性愛描写を出すということ。そのための工夫の例を思いつくままに書いてみよう。

・主人公を遊女にする
・主人公は、宝の隠し場所を記した入れ墨をした女を捜しているが、その入れ墨のある場所は陰部である。
・主人公は悪魔に呪いをかけられ、毎日セックスをしなければ死んでしまう

 といった具合に、何らかの目的で、入れ替わり立ち替わりセックスをしなければならないような舞台設定を作るわけである。それが丁寧であればあるほど、読者はその世界に没入して楽しめるのである。

 私の作品「1988獣の歌」では、主人公は人間の心に寄生する形のない生命体である。ただ、同じ人間に長く寄生していると、その宿主の心に攻撃され、その宿主のパーソナリティーの一つとして固定化され消滅してしまう。そのため、定期的に別の人間に移動して宿主を変えねばならない。その手段は、セックスだ。宿主とセックスをしている相手が絶頂感に到達したとき、心から心に移動ができる。この設定にして、入れ代わり立ち替わりセックスをする必然性を作ったわけだ。同時に、記憶を失った主人公の「けもの」が自分が何かを調べていくのがもう一つのストーリーである。

 さて、性の快感とは肉体的快感だけではない。むしろ、心の部分が大きい。嫉妬、羨望、支配欲、喪失感、そういった心の動きを併せて描写・表現できなければ優れた作品にはなり得ない。

 重松清の「なぎさの媚薬」(週間ポスト連載)では、不思議な娼婦「なぎさ」が登場する。彼女は渋谷近辺に現れて、セックスを通して、お客の思い出の中の女との性交を体験させる。その女たちとは、好きだとも言えなかった初恋の少女であったり、教育実習できていた年上の大学生であったりという、誰もが心に持っている女性である。
 なぎさが狂言回しとして機能するわけで、お客はいずれも現在の状況に悩みを抱えているが、思い出の女性との再会と情交を通して、心に何らかの決着をつけるというのが各エピソードの構成である。そして、最終巻では、不思議な娼婦・なぎさの秘密にせまるというもう一つのストーリーが明かされる。
 この心の描写と構成の見事なこと。「なぎさの媚薬」が凡百のポルノと一線を画する点がここなのだ。

 トイレの落書きと、エロティックなアートとは一目でその違いがわかる。同様に、官能小説、性愛文学もその優劣は一読で明らかになる。作家を志す者は、それだけの気合いで挑んでほしい。

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by hajime_kuri | 2014-08-31 16:19 | 小説指南 | Comments(0)

官能小説について 1

 このブログの読者である映像クリエーター氏から、「作品の中にエロティックな描写を入れなければならないのですが、唐突にならない方法はないでしょうかね」という質問をいただいた。
 文芸に限らず、エンターテイメントにとってエロスとは無視できない要素である。依頼主からエロティックなシーンや描写の要請がある場合もないわけではない。そこで、今回は、二回にわたってエロスやエロティシズムに関して書いていこうと思う。

 私は作家として、官能小説を書いた経験がある。商業誌に掲載された作品もある。以下は、その上で体験したことである。

 15年ほど前であるが、私は地元の文芸同人誌に加わってくれないかというお誘いを受けたことがある。ちょうど地方新聞社系の広告会社の社員をしながら文芸修行をしていた時代である。その数年前に、東京のテレビ局主催・その系列の経済新聞社が後援するテレビドラマの原作募集で佳作に入選していた。親会社の社員で同人誌を主宰されている方から社内の知人を介して打診されたのである。

 その同人誌を拝見して、自分の指向するエンターテイメント作品とはかなり乖離があるので一旦お断りしたのだが、是非加わってほしいということで了解した。
 ちょうど作品発表の場として、自分で「デジタル文芸」という文芸サイトを立ち上げたころであった。
 主催者の方(勤務先の親会社の方と言うこともあり無碍にはできないわけね)からは、同人誌のサイトを作りたいので、そちらも協力してほしいと言われた。まあ、勤務先でもWEBディレクターとかやってたので異存はなかった。
 初めて関係者に会う時に、頼まれていたその同人誌サイトのデザインまで用意した。みなさん私より10歳以上も年上の方たちで、長年同人をされてきた方ばかりなので、それなりの礼儀を払ったわけである。
 ところが、その会合の翌日、「今回の話はなかったことにしてほしい」と言われた。その理由としては、私の文芸サイト内にかつて商業誌に載った官能小説があり、それを読んだ女性同人から、「ポルノ小説を書くような人の参加は認めない」という意見が出たのだそうだ。
 もともと、合わないだろうなと思っていたので、「やっぱり」とは思ったが、同時に「俺の作品を読まずに誘っていたのか」とあきれたものである。どうやら、同人誌のWEBサイトを作りたいがプロに頼むお金は無いし、ちょうどWEBに詳しくて小説を書いている若い人がいるので、同人に誘ってサイトも作らせよう、という狙いだったようだ。

 舐められたものである。

 このように、官能小説とは周囲から一段低いもののように思われがちだが、実は、これはこれで大変力量を要求されるもので、それだけに多数の作家が、一度はチャレンジしている。敷居が低いとはいえ、商業誌に採用されるのはそう簡単なことではないのだ。
 「読者の自慰行為の助けをする作品」とさげすまれそうだが、多くの文芸同人誌に散見される「作家の自慰行為」のような作品よりは読者のためになるだけ、作品としての価値は高いと思う(この文章にさりげなく込めた毒、みなさんならわかってくれると思う、苦笑)。

 ということで、私は「官能小説」を卑下するようなことはありませんので、「俺が書きたいのは官能小説なんだけど」と思いながら、だれにも相談できなかった方は、遠慮なく無料体験に申し込みいただきたい。恥じる必要はありません。私も書いていたのだから。

 次回は、私の作品「1988獣の歌」と、重松清の作品「なぎさの媚薬」を例にして、実際の官能小説のストーリー作りを解説しようと思う。お楽しみに。事前に読んでおくことをおすすめしますよ。
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by hajime_kuri | 2014-08-30 18:36 | 小説指南 | Comments(0)

風立ちぬ



宮崎監督の「風立ちぬ」を見た。
皮肉屋で、性格の悪い私は、作品の出来次第によっては、次のように感想を書こうと思っていた。

無類の飛行機好きの宮崎氏が、零戦設計者の堀越次郎氏をアニメで描きたい気持ちはよくわかる。彼のエピソードは、戦中の軍需産業が、戦後の日本が「ものづくり」で復興していく為の技術基盤としても機能したという側面からもよく語られる話で、日本人のクラフトマンシップと戦争との関わりはドラマとしても面白いと思う。
しかし、そこになぜ堀辰雄?
戦後の平和教育を受けてきた宮崎氏は、太平洋戦争に協力したと見なされる零戦設計者の堀越氏を主人公にすることに「後ろめたさ」を感じたのではないか。反戦運動家、護憲団体、教育関係者などから、「戦争を美化した」と見当はずれの非難を受けるのを恐れたのではないか。
「僕は飛行機オタクですが、戦争には反対していますよ」
この「戦争には反対していますよ」の為に堀辰雄を持ってきたとしたら、堀辰雄に失礼だ。そんな言い訳を必要として語られる堀越次郎にも失礼だ。

そんな予断まみれの、不純な気持ちでこの作品を見たのだが、私の予想はいい意味で裏切られた。
確かに、この作品に堀辰雄を持ってくる理由は、宮崎監督の免罪符のようなものだろうという思いは変わらない。ただ、作品の出来として、堀越次郎と堀辰雄は「水と油」であったかというとそうではないのだ。
宮崎氏は、言い訳として堀辰雄を持ってきた後、悩みに悩んだ構想の過程で、「戦争に翻弄されたまじめな技術者の、仕事と恋」を通して、あの時代、「まじめに一生懸命生きた昭和の日本の青年」を描くことに決めたのだろう。この段階で、この作品は「普遍性」を勝ち得たのだ。
以前、このブログでも触れたが、捕虜生活での日本軍に対する恨みから書かれたピエール・ブールの「猿の惑星」が、白人文明の奢りや人間社会の戯画化などの考察で昇華されて普遍性を勝ち得たようなものである。

私は宮崎氏の息子の世代になる。私の父も軍国少年から、一気に敗戦国の少年になり、国に絶望した世代だ。戦中、戦争に口をつぐんでいた知識人たちが、獄中で戦争反対を叫んでいた運動家(たとえそれが無政府主義者やテロリストであるとも)を自分たちの小説や評論の中で英雄視することを、自分たちの免罪符のようにして作品を発表し続けた戦後という時代。
それらの作品を浴びるようにして育ってきた宮崎氏、そして私。

今や巨匠というべき宮崎氏でさえ、作品作りに当たって、左翼に対する言い訳が必要だと思ってしまう日本という国。私が意地悪な疑問を投げるべき相手は、宮崎氏ではなく、言論界にはびこる、頑迷固陋な日本のリベラル派かもしれない。

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戦争と技術者と日本の戦後の産業に関しては、次の書作も非常に興味深いです。
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by hajime_kuri | 2014-08-25 23:30 | 映画 | Comments(0)

必見、読書感想文指導法

 夏休みも残すところ一週間、子供たちは宿題に頭を悩ましている頃ではないだろうか。
その中でも、読書感想文に悩んでいる子供も多かろう。そしてその親御さんもまた多かろうと思う。
 そこで今回は、特別編として、「読書感想文」の書き方を指南しようと思う。
 学校教育でどのような指導がされているかは知らないが、私の方法もあながち間違いではないと思う。

 まず、いきなり原稿用紙に書き始めるのはやめよう。チラシの裏でもいいから白い紙を用意して、以下の手順を踏んでほしい。

・本の概要を、1行でまとめる。
 例)「坊ちゃん」の場合。
 これは、エキセントリックな新米教師の坊ちゃんが、赴任先の田舎中学で体験したカルチャーショックと周囲との騒動を、ユーモアと皮肉たっぷりに描いた小説である。

・感じたことを列挙する。
 共感した、共感できなかった、印象に残ったこと、など。

・なぜそう感じたかの理由を考察して文章化する。
 この考察が大事なポイントで、この考察の有無が、読書感想文の出来不出来を左右するわけだ。また、ぜったいに親が考察したり、誘導したりしては行けない。子供に考察させること。内容は幼くても結構。年相応であればいいのだ。「坊っちゃん」の例でいえば、子供が、「西洋文化を軽佻浮薄に崇拝する田舎インテリの赤シャツたちに怒りの鉄拳を振り上げ、その対極に清を置いた漱石の気持ち」なんてわかるわけないんだから。

・作者は、何が書きたかったのか、何を訴えたかったのかを想像して文章化する。

・その本を読んだことによって、自分の中で変わったことを探して文章化する。

 以上の作業が終われば、もう感想文はできたも同然。この考察の過程と結果を文章化すればいいのである。
 ここで守らなければならないのは、書くのは子供ということ。親が自分の感想や考えを言ってはいけない。また、文章表現に大人のような言葉を使ったり、「こう書きなさい」なんて指導もやめていただきたい。子供が文章を書くことを嫌いになってしまうからだ。

 私の娘が高校一年の時、梶井基次郎の「檸檬」で感想文を書いたのだが、この方法だけを教えて後は娘に任せてみた。
 娘は、最後に、読んだ後自分がどう変わったかわからないと泣きついてきた。
 そこで、「檸檬」を読んだ後、ものの見方や考え方で変わったこととか気づいたことを列挙させた。

 その中に、「丸善の本棚」ではないが、いろいろな光景に重ねて、頭の中で、鮮やかな黄色い、そして香りの高い檸檬を置いてみるというような考えが心に引っかかった。今でも時々、心の中で目にした光景に檸檬を置いてみる、というものがあった。

 私は娘に、「君の感想文の落としどころは、これだよ」とだけアドバイスをした。
 娘は、はっと気づいたようで、もう私には相談せず自分で感想文を書き上げた。
 夏休み後、高校の全学年で感想文が2位になったと喜んでいたが、その2ヶ月後、さらに愛知県全体でも「優秀」という賞をもらったということで、「一粒で二度おいしかった」と喜んでいた。彼女は、その後、国文科に進学した。
 息子も同じく漱石の「坊ちゃん」で感想文を書いたが、やはりこの方法だけを伝授して、後は参考資料として、手元にあった「坊ちゃんの時代」(関川夏央・谷口ジロー)を渡しておいた。彼は1年で高校を中退してしまったが、この感想文でもらった賞状が唯一のいい思い出になっている。

 お子さんが読書感想文で悩んでいたら、この方法を教えて欲しい。
 ただ、小さな子供の場合は、感想文の前に、本を読み通すことこそが一仕事。感想文を書く前に夢中になれる本を与えてやることの方が難しいのかもしれない。

必見、読書感想文指導法 | Cyta.jp小説教室ブログ
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1988 獣の歌/他1編・栗林元

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by hajime_kuri | 2014-08-22 21:33 | 小説指南 | Comments(0)
リアルな迫力を持った心理描写。


この作品集は、いずれも「死」をきっかけとする主人公の心に焦点を当てた作品が集められている。
表題作の「今度、死ぬことになった」は、タイトルだけで読者の気持ちを掴んでしまい、無理矢理最後まで読み切らせてしまうという、一種力業(ちからわざ)の異色作だ。
感心したのは「ついさっき、人を殺してしまいました」である。同じようなキャッチーなタイトルだが、これはリアルだ。
殺人を犯した主人公が、ツイッターにつぶやいた「つぶやき」だけで描写された作品である。ノイローゼになった主人公が、その原因となった上司を殺すまでの心情を吐露する「つぶやき」のリアルなことよ。
うつで会社を退職した俺には、そのリアリティーの迫力に感心した。
「つぶやき」だけで作品を成立させるという自己に課した制約を軽々と越えてみせる作者の並々ならぬ力量に感心せざるを得ない。
「ラフター」は、PCの中のAIとの対話だけで小説を成立させた、これも実験作である。
たとえ実験作でも、ぐいぐいと読ませる作品にして提示してみせるとは、心憎いなあと感心した。
今度、死ぬことになった 弾射音短編集 ミステリ編

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by hajime_kuri | 2014-08-21 23:02 | ミステリ | Comments(0)

諏訪五蔵、秋の呑み歩き


「舞姫」「麗人」「本金」「横笛」「真澄」。諏訪市の甲州街道沿いには、わずか500mの間に5軒の酒蔵が立ち並ぶ。同じ霧ヶ峰の伏流水を仕込み水に使いながら、それぞれに特徴のある個性豊かな酒を醸し続けてきた。
毎年春と秋に、この五蔵が共同で、「上諏訪街道 呑み歩き」というイベントを実施している。昨年秋から、連続で参加しているが、今年の秋は10月4日で、当然参加する予定(苦笑)。
高校の同級生と参加しては一泊して帰ってくるわけである。

五蔵を巡るコース沿いには、地元の旨いものや、鹿肉などの屋台が並び、それらを肴にしながら利き酒をして回るという天国のような秋の昼下がりだ。
毎回、家族に対する言い訳のように買って帰るのが、この舞姫酒造の「あんず酒」である。果実酒と言うとホワイトリカーで作るというイメージだが、これは、純米酒で仕込んであるので、まろやかなのど越しで女性に人気。家で待つ嫁と娘と老母に買って帰ると喜ばれるのだ。

ということで、Amazonにリンクしてありますので、興味をもたれた方はご購入ください。

リキュール あんず酒 純米酒仕込み 720ml 長野県 舞姫酒造

舞姫酒造

諏訪五蔵

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by hajime_kuri | 2014-08-11 22:46 | 紀行 | Comments(0)
 私は会社員を続けながら小説を書いてきたので、限られた時間で作品を仕上げていくために、どこでも思い立ったときに原稿を書ける環境が必要だった。

 ワープロの登場する26歳ぐらいまでは、いつもA5のノートを携行してボールペンで書いた下書きを自宅で原稿用紙に清書するスタイルだった。
 ワープロを使うようになって、万年筆と原稿用紙がワープロに変わった。キーボードで小説を書く最初の世代だったと思う。
 やがてMS-DOSのノートPCを携帯するようになり、そこで下書きが紙からデータになった。
 次はWindows95のサブノートPC。さらに携帯に適したWindowsCEのNECモバイルギアで書くようになった。このデバイスが一番便利で使いやすかった。この時期に自分の執筆スタイルが出来上がったように思う。

現在は、NECモバイルギアと、ほぼ同じようなスタイルのキングジムのポメラDM100を使っている。下書きをテキスト化したものは、自宅のPCからクラウドアプリケーションのEverNoteに新規ノートとしてアップ。
 EverNoteは、iPhoneからもAndroidからもアクセスできるので、新幹線の車中などの出先で原稿の加筆や推敲ができるわけだ。

 また、思いついたことを、iPhone用音声入力アプリ・DragonDictationでテキスト化してアップしておいたり、参考になりそうな情景や建物や人物やスタイルなどの写真を撮ってアップしておいたりと、スマートフォンが大活躍している。

 みなさんも、自分の生活スタイルに合わせて、自分なりの執筆作業環境を構築してほしい。道具やガジェットを吟味して、ああでもないこうでもないと模索するのは、なかなか楽しいものである。
 また、私の場合は、その構築した環境が、原稿執筆作業のモチベーション維持にもつながっているのだ。

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by hajime_kuri | 2014-08-10 23:37 | 小説指南 | Comments(0)
話題の映画なので感想を書こうと思う。昔からのゴジラファンとして、この映画は非常によかった。
敵役の昆虫型怪獣は、エネルギーをむさぼって繁殖しようとする、うがった見方をすれば、繁栄のためにエネルギーをむさぼる人類の欲望のメタファーみたいなやつで、それに人類が翻弄される。
本能で、この怪獣と戦うゴジラは、もう台風やハリケーンのように人類には制御不能の存在で、ゴジラ自身、人類なんて歯牙にもかけない。敵の怪獣を倒すために、都市を破壊しまくるんだけど、台風に腹を立てる人間なんていないよな(苦笑)。
ラストシーン、敵を倒したゴジラが、台風一過のような青空に向かって勝利の雄たけびを上げて海へ帰って行くんだけど、いや、その姿の神々しいことよ。
まさに、荒ぶる守護神だ。
造形にも、それは現れている。トラやライオンのような肉食獣や、ワシや鷹のような猛禽類は、その容姿に気高さをまとっている。今回、ハリウッドのクリエーターたちは、ゴジラにそういったイメージを与えたのだと思う。
大自然を征服しそれを御してやる、という欧米的な思考はこの作品にはもうない。むしろ、自然を畏れ敬う非常に日本的な自然観である。311以降だからだろうな。
日本人のファンも、この作品を見た後は、従来のような「ゴジラ」作品にはもう戻れないだろうな。日本の昭和の特撮にあるような、「子供だまし」や、言い訳めいた「政治的メッセージ」が一切ないのも好感度高し。




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by hajime_kuri | 2014-08-04 20:11 | 映画 | Comments(0)