「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

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ブラックSEO

Googleサジェストで誹謗中傷ができることをご存じだろうか。具体的には、Googleの検索に「栗林」と入力すると、勝手に「ハゲ」とか、「貧乏」とか表示されるようなことで、これはブラックなSEO手法として可能である。
韓国のサムスンとLGがこれらの風評合戦で不毛な戦いをしていたという話も聞いたことがあった。
昨年のことなのだが、Facebookの書き込みで、このGoogleサジェストのスクリーンショットが投稿されていた。
検索窓には「安倍晋三」と入力されていてサジェストには、「ヒトラー」とか「軍国主義」とかに類する単語が表示されている。
内容的には、「ネットでウソはつけない、国民は見抜いている」とさも大発見であるかのように書かれていた。
見ると、マスコミでも多少顔を知られた理系の学者さんだ。このままでは、この人が恥をかくと思ったので、コメント欄でご指摘した。

ブラックSEO手法で、サジェストにネガティブなワードを表示して競合企業の評判を落とすということが社会問題にもなっています。そんな時代に、このような書き込みをすると、反安倍政権勢力はサイバーテロまがいだとイメージダウンになりますし、またそのような事情をご存じなかったとしたら、理系の知識人として「勉強不足」のようなイメージなりますよ。

そうしたところ、私はブロックされてしまった。
親切心で忠告したのだが、相手の気持ちを傷つけたのかもしれない。難しいものである。

検索エンジンの「サジェスト汚染」 グーグル「名誉毀損判決」をどう考えるべきか

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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)

1988 獣の歌/他1編

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薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏
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by hajime_kuri | 2015-08-30 09:59 | WEB | Comments(0)

七帝柔道記

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「七帝柔道」という寝技中心の柔道に憧れ、二浪の末、北海道大学に入学した。しかし、柔道部はかつて誇った栄光から遠ざかり、大会でも最下位を続けるどん底の状態だった。他の一般学生が恋に趣味に大学生活を満喫するなか、ひたすら寝技だけをこなす毎日。偏差値だけで生きてきた頭でっかちの少年たちが、プライドをずたずたに破壊され、「強さ」という新たな世界で己の限界に挑んでいく。悩み、苦しみ、悲しみ、泣き、そして笑う。唯一の支えは、共に闘う仲間たちだった。地獄のような極限の練習に耐えながら、少年たちは少しずつ青年へと成長していく―。(Amazonより)

作者の増田氏は俺と同じ愛知県立旭丘高校の出身で親近感があるのだが、井上靖の「北の海」を読んで大学で柔道をやるってところが、またしても俺と同じじゃないですか。
俺は、柔道ではなく少林寺拳法だったのだが、恋や遊びに背を向けて、なんで武道に向かうのですか。武道に向かったのだろうか。そんな問いに答えてくれる作品だ。
この作品読みながら、「そうなんだ、そうなんだ」とつぶやいて、何度も何度も涙ぐんだ。
昭和50年代の大学体育会で武道をやってた人たちはぜひ読んでいただきたい。
七帝柔道記


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↑ この「自転車の夏」って作品が俺の「七帝~」なんだよな。
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by hajime_kuri | 2015-08-29 17:53 | 青春 | Comments(0)
 実際の体験を基に小説を書くと言っても、私には特に変わった体験などないし、と思う方も多かろう。だが、別に変わった体験でなくてもいいのだ。
 一番簡単なのは初めての体験だろう。ただ、勘違いしてはいけないのは、中学に入ったとか高校生になったとかの節目ではなく、「初めての気持ち」である。
 初めて「好きになった」、初めて「おびえた」、初めて「悲しかった」、初めて「うれしかった」など。

 例として、「初めて仕事で大きな失敗をした体験」で考えてみよう。
 普通の方は、いきなり自分の体験から語り出して終わってしまう。だが小説にするにはそれなりの工夫が必要だ。

 初めて部下を持った私。その部下が仕事で大きな失敗をしでかした。その時、脳裏によみがえったのは、自分が初めて失敗をしたとき、鮮やかにリカバリーをしてくれた先輩社員のAさんだった。
 こうすることで、過去の体験をきわめて客観的に描くことができる。これを上司目線で描くか部下目線で描くかは、作者の年齢で決めればいい。

 物語の締めは、部下の「ありがとうございました」言いながらも気落ちした表情に、「あの時、僕を助けてくれたA先輩への恩返しができた」と上司に言わせて、若い部下が「俺もいつかは部下を救える上司になろう」という気持ちにさせる、なんてのが典型
かな。
 助け合う気持ちを継承していく職場文化も描けて、面白いビジネスストーリーになるかも知れない。

 他にも、子供が中学に入ったきっかけに、初めて父親が嫌いになった自分の中学生時代を重ねて、当時の父親の気持ちを知る、とか。

 こういった作品のよい例に、重松清さんの作品「きよしこ」がある。ぜひお読みいただきたい。


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by hajime_kuri | 2015-08-14 15:40 | 小説指南 | Comments(0)
 私が初めて小説を書く人にするアドバイスの一つに、「体験を基にして小説を書いてみたらいかがですか」というものがある。

 これには理由がある。作品づくりには、物語の発想と同時に、どこで起きたかの「舞台設定」、どんな行動原理の主人公かという「人物造形」、どんな事件かという「状況設定」などが発生する。さらに、登場人物の心が物語の進行に従ってどう動いて落ち着いていくか、など考えねばならないことが多い。
 しかし、自分の体験を基にした作品であれば、これらがすべてできている。あとは、どんな順番で叙述するかという「構成」と、的確に読者に伝わるかという「描写、表現」だけに集中すればいいのだ。

 このアドバイスに答えて、生徒氏が短い文章を書いてきてくれた。中学生時代の夏にどうしても受験勉強に専念できず父親を代表とする「大人」へのいらだちに苛まれていた彼が、国語の先生の言葉で初めて読書に目を開くきっかけとなったエピソードだった。
 エッセイであれば十分な文だったが、これが掌編小説になるためには、「その国語の先生がどんな人だったのか」、「その後、自分はどう変わったか」が必要だ。さらには、父親とは違う価値観を持った別の大人・国語の先生に出会った喜びや驚きの気持ちも描いてほしい。それが小説なのだ。

 自分の体験を基にした作品を書くことは、「語りに専念」する事ができる練習である。いわば空手や拳法の約束組み手のようなものなのである。


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by hajime_kuri | 2015-08-14 15:36 | 小説指南 | Comments(0)

意識化するということ

 スポーツや武芸の修行において重要なことに「意識化」ということがある。ごく普通に行う動きをあえて意識して行うことだ。空手の型や、少林寺拳法の法形なども体の動きを意識化するためのメソッドのひとつである。
 この「意識化」は小説の執筆でも重要である。

 物語の発想の段階で、「なぜ、こんな物語や、設定を思いついたんだろう、俺」と言う点をまず意識することで、自分の心に無意識に引っかかっていた興味などが顕在化する。すると物語の想を練る時の方向が見えてきたり、調査・補完すべき知識や情報の見当がついてきて、それによってさらに想が進む。これは物語を膨らます段階で大きな助けになる。

 また、作品の執筆が始まり、物語が転がりだした後、何気なく登場させた人物や、言葉や、情景や状況も、折に触れて「意識化」すると、物語の進行につれて生きてくる。
 小説を書いていると、作家は「そうか、おまえは、ラストで主人公にこの一言を語りかけるために、あのとき俺の脳裏に浮かんできたんだな」という脇役が出てきたり、「そうか、だから、お前はあの娘の気持ちを無視したんだね」と主人公に語りかけるような経験を必ず体験する。むしろ、このような体験の積み重ねで小説は完成していく。

 作家の中には、人物造形がしっかりしていれば物語は自然に転がると豪語する方も多い。おそらく、発想から執筆に際しての「意識化」作業を「無意識」にやっているのだと思う。そこまでいけば名人クラス。小説だけで生計を立てる作家はそうなのであろう。
 武道でも、当初は意識していた動きを、有段者になると無意識に反射的にできるようになるのと同じだ。「体で覚える」と言う段階。ただ、そこに至るには、意識した練習が不可欠なのだ。

 この講座で、若い作家志望の方と話しながら、あらためて、自分が経験的に積み上げてきた「手法」や「発想法」を「言語化」することができて大いに得るところがある。これも、私自身にとっての「意識化」なのである。


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by hajime_kuri | 2015-08-05 12:24 | 小説指南 | Comments(0)
電子書籍PRフリーペーパー「北極大陸」第九号 ダウンロード開始。
私の伝奇SF「不死の宴」は連載7回目です。

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北極第9号


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by hajime_kuri | 2015-08-01 22:09 | 俺の作品 | Comments(0)
 先日のレッスンで生徒さんから作品の途中で文体を変えようかと思うと相談された。

 もともとライトノベルを志向されていたのだが、現在書いている物語はご本人の抱えて克服してきた悩み思いを描いている。テーマ的には重いのだがそれをコミカルに描いていこうというもの。
 本人は書きながら、あえてライトノベル的なスタイルや表現にするには無理があると感じ始めたのである。

 彼女は、ライトノベルのコンテストの一時予選通過の作品を持ってこの「小説指南」の門をたたかれたのだが、それは会話主体で進行する、シナリオのような状態だった。

 ただ、「登場人物の気持ちをセリフで語らせずに描写で描く」、「物語の進行を説明に逃げずに描写する」などの指摘で、現在書いている第二稿は見違えるほど小説になっている。また、登場人物たちが物語の進行でどのように気持ちが変わっていくかを、彼女の脳内でうっすらとした感覚でしかなかったものを意識化することで、一気に迷いがふっきれたように原稿を進めている。
 その過程で沸き上がった気持ちが、「文体や語り口をもっと自然なものに変えたい」だったのだ。

 作家として、こういうことはままあるのだ。特に小説を書き始めて間もない頃は、書きながらどんどんと描写力や表現力が付いてくる。ラストを書きながら、冒頭を読み返すと、その未熟さに自分で苦笑するぐらい上達するのである。

 彼女には、次のアドバイスを送っておいた。
 「本当に売れているライトノベルは、ライトではあってもちゃんとノベル(小説)になっている。あなたの気づきは成長の証だから信じたとおりにやりなさい」と。

 この講座で若い人たちと小説の話をしていると、小説を描き始めた若いころの自分の気持ちを追体験することができる。私自身、大いに刺激をいただいているわけだ。


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by hajime_kuri | 2015-08-01 20:23 | 小説指南 | Comments(0)