「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

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麻雀は昔から小説やマンガのモチーフとしてよく使われてきた。
小説でいえば阿佐田 哲也の「麻雀放浪記」、マンガなら北野英明の「雀狂哀歌」がその嚆矢であろうか。
いずれも麻雀の対戦の場での心理戦や勝敗の綾を登場人物の人生のメタファーとして描き、深い感動を呼んだ。
そんなことを考えたのは、柄にもなく麻雀の戦術書「絶対に負けない最強麻雀戦術~進化を遂げた新デジタル戦術指南書~」を読んだからである。
「新デジタル戦術」ってところに興味をもって手に取ったのだが、ネットでのオンライン麻雀と街中のフリー麻雀を取り上げている。
かくいう私も昭和50年代に学生だったので、麻雀は嫌いではないし当時は下手ながら卓を囲んだこともある。最近はもっぱらゲームマシンで遊ぶ程度だ。
この書では、そんなへぼプレーヤー(俺)にとって目から鱗が落ちるようなワードが頻出し、豊富な写真で説明されている。
「勝つということは、負けないことだ」
「全ての局面で勝てないと仮定する」
「強い麻雀ではなく、巧い麻雀を目指せ」
「最初の6巡目に重要な牌を一点読み切り、捨ててしまう」
「水面ぎりぎりで、トップを追いかけていく」
かつての麻雀小説やマンガでの戦いが、相手を叩きのめすような熱い戦いのドラマであるならば、この本に書かれた戦術は、最後まで点棒を減らさない、気づいたら、必ず一位か二位になっている戦術書だ。
なんともクールな戦法で、このクールさこそが現代的だ。小説作品として描くなら、これこそが今現在の「同時代性」だと思った。
麻雀に限らず、「ゲーム」を人生のメタファとして描く小説や映画は傑作が多い。そんな作品、考えてみようかなって気持ちまでわいてきた本である。


薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
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by hajime_kuri | 2017-04-27 09:27 | ホビー | Comments(0)

違和感は上達の証

 小説を書き始めてしばらく立つと、自分の書いた文章を読み返して違和感を感じて筆が止まったり、首を傾げて考え込んだりすることが起きる。
 そんな違和感の一例を生徒さんの文章から見てみよう。
(例文)
 今の僕は、何も言えずに口を少し開けながら、ただただ何かを訴えるような目や表情で奥村を見つめていた。
 この文章から感じる違和感の原因は、語り手の「僕」が自分の様子をよく観察したように描いていること。つまり、「僕」という一人称で、三人称の描写をしていることが原因である。
 これが「僕」ではなく「伊藤」であれば違和感は皆無になる。
 どうしてもこのように描写がしたければ、壁に掛かった鏡に映った自分の様子をみて「僕」が「僕」を観る形にするしかない。
 何とか無理矢理リライトするとこうなる。
 今の僕は、何も言えずに奥村を見つめることしかできなかった。口を少し開けながら、ただただ何かを訴えるような目や表情で見つめられて奥村はどう思ったであろうか。
 自分を観たかのように想像して思ったことを書いたわけである。
 自分の書いた文章に違和感を感じたときは、レベルのステージを一つあがったと思ってよい。
 何かをつかんだことを「意識化」するチャンスなので、じっくり考えてほしい。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
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by hajime_kuri | 2017-04-08 15:56 | 小説指南 | Comments(0)