「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri
 私が初めて小説を書く人にするアドバイスの一つに、「体験を基にして小説を書いてみたらいかがですか」というものがある。

 これには理由がある。作品づくりには、物語の発想と同時に、どこで起きたかの「舞台設定」、どんな行動原理の主人公かという「人物造形」、どんな事件かという「状況設定」などが発生する。さらに、登場人物の心が物語の進行に従ってどう動いて落ち着いていくか、など考えねばならないことが多い。
 しかし、自分の体験を基にした作品であれば、これらがすべてできている。あとは、どんな順番で叙述するかという「構成」と、的確に読者に伝わるかという「描写、表現」だけに集中すればいいのだ。

 このアドバイスに答えて、生徒氏が短い文章を書いてきてくれた。中学生時代の夏にどうしても受験勉強に専念できず父親を代表とする「大人」へのいらだちに苛まれていた彼が、国語の先生の言葉で初めて読書に目を開くきっかけとなったエピソードだった。
 エッセイであれば十分な文だったが、これが掌編小説になるためには、「その国語の先生がどんな人だったのか」、「その後、自分はどう変わったか」が必要だ。さらには、父親とは違う価値観を持った別の大人・国語の先生に出会った喜びや驚きの気持ちも描いてほしい。それが小説なのだ。

 自分の体験を基にした作品を書くことは、「語りに専念」する事ができる練習である。いわば空手や拳法の約束組み手のようなものなのである。


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# by hajime_kuri | 2015-08-14 15:36 | 小説指南 | Comments(0)

意識化するということ

 スポーツや武芸の修行において重要なことに「意識化」ということがある。ごく普通に行う動きをあえて意識して行うことだ。空手の型や、少林寺拳法の法形なども体の動きを意識化するためのメソッドのひとつである。
 この「意識化」は小説の執筆でも重要である。

 物語の発想の段階で、「なぜ、こんな物語や、設定を思いついたんだろう、俺」と言う点をまず意識することで、自分の心に無意識に引っかかっていた興味などが顕在化する。すると物語の想を練る時の方向が見えてきたり、調査・補完すべき知識や情報の見当がついてきて、それによってさらに想が進む。これは物語を膨らます段階で大きな助けになる。

 また、作品の執筆が始まり、物語が転がりだした後、何気なく登場させた人物や、言葉や、情景や状況も、折に触れて「意識化」すると、物語の進行につれて生きてくる。
 小説を書いていると、作家は「そうか、おまえは、ラストで主人公にこの一言を語りかけるために、あのとき俺の脳裏に浮かんできたんだな」という脇役が出てきたり、「そうか、だから、お前はあの娘の気持ちを無視したんだね」と主人公に語りかけるような経験を必ず体験する。むしろ、このような体験の積み重ねで小説は完成していく。

 作家の中には、人物造形がしっかりしていれば物語は自然に転がると豪語する方も多い。おそらく、発想から執筆に際しての「意識化」作業を「無意識」にやっているのだと思う。そこまでいけば名人クラス。小説だけで生計を立てる作家はそうなのであろう。
 武道でも、当初は意識していた動きを、有段者になると無意識に反射的にできるようになるのと同じだ。「体で覚える」と言う段階。ただ、そこに至るには、意識した練習が不可欠なのだ。

 この講座で、若い作家志望の方と話しながら、あらためて、自分が経験的に積み上げてきた「手法」や「発想法」を「言語化」することができて大いに得るところがある。これも、私自身にとっての「意識化」なのである。


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# by hajime_kuri | 2015-08-05 12:24 | 小説指南 | Comments(0)
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私の伝奇SF「不死の宴」は連載7回目です。

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# by hajime_kuri | 2015-08-01 22:09 | 俺の作品 | Comments(0)
 先日のレッスンで生徒さんから作品の途中で文体を変えようかと思うと相談された。

 もともとライトノベルを志向されていたのだが、現在書いている物語はご本人の抱えて克服してきた悩み思いを描いている。テーマ的には重いのだがそれをコミカルに描いていこうというもの。
 本人は書きながら、あえてライトノベル的なスタイルや表現にするには無理があると感じ始めたのである。

 彼女は、ライトノベルのコンテストの一時予選通過の作品を持ってこの「小説指南」の門をたたかれたのだが、それは会話主体で進行する、シナリオのような状態だった。

 ただ、「登場人物の気持ちをセリフで語らせずに描写で描く」、「物語の進行を説明に逃げずに描写する」などの指摘で、現在書いている第二稿は見違えるほど小説になっている。また、登場人物たちが物語の進行でどのように気持ちが変わっていくかを、彼女の脳内でうっすらとした感覚でしかなかったものを意識化することで、一気に迷いがふっきれたように原稿を進めている。
 その過程で沸き上がった気持ちが、「文体や語り口をもっと自然なものに変えたい」だったのだ。

 作家として、こういうことはままあるのだ。特に小説を書き始めて間もない頃は、書きながらどんどんと描写力や表現力が付いてくる。ラストを書きながら、冒頭を読み返すと、その未熟さに自分で苦笑するぐらい上達するのである。

 彼女には、次のアドバイスを送っておいた。
 「本当に売れているライトノベルは、ライトではあってもちゃんとノベル(小説)になっている。あなたの気づきは成長の証だから信じたとおりにやりなさい」と。

 この講座で若い人たちと小説の話をしていると、小説を描き始めた若いころの自分の気持ちを追体験することができる。私自身、大いに刺激をいただいているわけだ。


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# by hajime_kuri | 2015-08-01 20:23 | 小説指南 | Comments(0)

人物造型(悪役編)

 先日のレッスンで、「悪役、敵役、嫌な奴」などがうまく作れない、うまく書けないという相談を受けた。

 作品内のどのようなキャラクターも、実際はすべて作家の心の延長線上である。
 では、どうすればいいのだろうか。

 悪役の持つ「悪」には必ず原因がある。嫌な人物の「嫌な面」にも必ず原因がある。そこから考えるのだ。

 悪になる原因の一つは「弱さ」である。スターウォーズのアナキン・スカイウォーカーがフォースの闇黒面に落ちてダース・ヴェイダー卿になってしまうのは、妻パドメを死から守ろうとしたのが原因であるってのが典型的。
 また、理想実現の為に手段を選ばずに酷薄な悪となるってのもある。

 嫌な奴の場合も、やはりその原因は、本人の弱い気持ちだったりする。
 ネガティブな、劣等感、ひけめ、妬み、嫉み、嫉妬、そんな気持ちに対する心理的防衛が、彼を嫌な奴にしているのかもしれない。

 「弱さ」も「ネガティブな感情」も、誰もが持っている感情の延長線上の気持ちである。これならば書ける。また、こういう事情を考えると、どんな悪い奴も、嫌な奴も、作者として感情移入して書けるようになる。主役や読者から憎まれる悪役も、作者だけは理解してやろうじゃないか。そうすることによって悪役の行動が、彼の行動原理では納得できるものになる。決して物語のためのご都合で動いているわけではなくなるのだ。

 さらに、エンタメの作家ならば、一歩突っ込んで魅力のある悪役を作ってほしい。そのためのキーワードが「二律背反」である。相反する要素が同居することで、悪役の人物像が深まり、陰影が増すのだ。
 具体的には次のようなこと。

 「美しいけど、醜い」
 「怖いけど、優しい」 
 「強いけど、弱い」

例)「美しい外貌と、醜い欲望」、「美しい理想を実現する酷薄で非道な手段」、「コミカルなピエロの姿の殺人者」、など。

 この二律背反こそが、作品内のドラマの重要なポイントであることが分かると思う。
 魅力的な悪役を造形できたときこそ、作品の成功は約束されるのだ。

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# by hajime_kuri | 2015-07-22 13:08 | 小説指南 | Comments(0)
私は中学生のころ読んだ五味川順平の「戦争と人間」(三一新書)を読んで、「軍部の暴走」とか「資本家の欲望」が戦争を起こしていたと思っていた。
しかし、その後歴史を学ぶにつれ、太平洋戦争の開戦は、大日本帝国の国民が望んで起きたことでもあると気づいた。

日露戦争で、辛勝した日本は、ロシアに勝ったといっても、ほとんど領土的にも資源的にも得るところところがなかった。
唯一の有色人種の列強国と言うことで、国際社会では一段と低く見られていたのである。

第一次世界大戦後でもそれは同様だ。
国際連盟で「人種差別撤廃」の提案をしても支持する国は皆無である。
開国以来の不平等条約を苦労して一つ一つ改正してきても、未だに白人列強国から冷遇され、日本国民の中には、「米英何するものぞ」といった気持ちが横溢していたのだ。
同時に開国以来、日清日露、第一次大戦と、負け知らずの経験に日本国民全体が「夜朗自大」になっていたこともある。
その国民の気分を煽りたて、購読数を競っていたのが朝日新聞をはじめとする全国紙だ。
「腰ぬけ東條、勝てる戦をなぜやらぬ」という社説すらあったのだという。
実は、この軽薄な国民感情に関しては、五味川順平の作品でもしっかりと書かれてはいたが、中学生の俺は気づかなかったのだ。

当時の政治家と軍人は、この国民感情を無視できなかったのである。
どれだけ、国民から罵倒され、命を狙われようと、戦争を回避してアメリカと交渉をするという勇気のある政治家や軍人がいたら、歴史は変わっていたかもしれない。

皮肉なことに、今回の安保法制の賛否に関して、お互いをののしりあう感情的な論争は、太平洋戦争開戦前の軽薄な国民感情を思わせる。
そして、どれだけ、国民から罵倒され、命を狙われようと、説明が下手だの、頭が悪いだのと言われても、愚直に理解を求める首相の姿は、対案も出せずに文句をつける民主党の議員たちよりずっと大人に見えてしまう。
そう感じている国民も少なくはないと思う。

※中学生の分際で三一新書を読んでいた俺はませた餓鬼だったなとは思う。

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# by hajime_kuri | 2015-07-21 23:38 | 時事 | Comments(0)
今回の安保法制問題だが、賛成派は「戦争がしたい」という論調には嫌らしいレッテル貼りの印象操作を感じる。

今回の対立は、平和という概念の「殉教者」と「リアリスト」との対立だ。

私は、理想のために、世界の安全保障で孤立するわけにはいかないと思う。

主義主張や宗教的原理主義のためなら、人の命や権利をないがしろにする国や集団に、関係ないからと言って目をつぶっていていいのだろうか。今現在、中東や中央アジアやアフリカでは、そういう状況に国連が直面している。
日本は金だけ出して知らぬ顔ができるだろうか?

日本は金を出すから、血を流すのは他の国にお任せします。だって平和憲法があるんだもーん。

これでは、他の国は許さないだろう。日本が国連にどれだけ分担金を払っても、全く発言権がないこともこれが一因ではないのか?

今回の対立は、平和という概念の「殉教者」と「リアリスト」との対立だ。「殉教者」の信仰は半世紀以上前から不変である。その半世紀前とは、国連の中国が中華民国の時代で、中華人民共和国にまだ核兵器がなく、北朝鮮にも核兵器はなかった時代だ。

半世紀も不変の「殉教者」の理想に、「リアリスト」は警鐘を鳴らしている。それが今回の対立の真実だ。

そのリアリストたちを「戦争がしたい人」と名付けるのは、まるで「慰安婦を性奴隷」、「併合を植民地支配」などと言い換えるのと同じである。

ただ、マスコミや言論の表舞台で、リアリストが、それを声に出すことに勇気が必要な言論状況には違和感を感じてしまう。
まるで、太平洋戦争開戦前の新聞報道が、「米英何するものぞ、腰ぬけ東條、勝てる戦をなぜやらぬ」という開戦一色に染まり、平和を訴えることができないという状況を、反転したようではないか。
自分たちの「平和信仰」以外は聞く耳を持たない。これこそ原理主義ではないだろうか。

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# by hajime_kuri | 2015-07-18 22:39 | 時事 | Comments(0)
 物語内でのキャラクター(登場人物)の違いをどう描くのか、という質問をいただいた。今までも「会話の描写」などで少し触れたが、物語における各キャラクターの造形などについて考えてみよう。

 マンガの場合は、下手な作家でもキャラの違いをまず外見で出すことができる。髪の色、髪型(アホ毛を立てるとかね)など、日本のマンガではキャラ自体が多分に記号的であるからだ。

 だが小説の場合はもっと「根本的」なところでキャラ造形をしておかねばならない。それは、いろいろな物語内の状況(シチュエーション)でそのキャラクターがどう感じ、どう判断して、どう行動に移すかという「行動原理」を固めることである。
 これがしっかりと作家の中で把握できていれば、行動もセリフもそのキャラにふさわしいものが自ずと出てくる。先ほど記号的といったマンガでさえ、キャラたちの行動原理はきっちりと決まっているはずだ。

 多作なプロの作家には、この「行動原理」のキャラクター造形がしっかりできていれば、物語は自然に転がっていくと豪語される方もいる。
 逆に書き慣れていない新人作家は、ストーリーを転がすために、主人公の行動原理に反するようなことをさせてしまうこともある。その、場合、読者は、何だかご都合主義で物語が進んでいく印象を受けてしまう。
 慣れてくると自分で違和感を感じて再考できるようになってくる。コーチしている生徒さんの中には、既にそのレベルの方もいて、自分で「このシーンはないと思うわ」と、きっちり自然なストーリー展開に直してくる。

 ただ、登場人物の行動原理が物語を通して変化することは当然ある。彼らも物語内で成長するからだ。むしろその成長こそが物語の中のドラマになるのである。それだけに、その視点を欠いた作品は浅いものになる。

 この登場人物の成長自体が物語の中心をなす作品もある。それが成長物語(ビルドゥングスロマン)と呼ばれるものである.


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# by hajime_kuri | 2015-07-15 17:18 | 小説指南 | Comments(0)

物語には「緩急」が必要

 ここ数日、二人の生徒さんのレッスンで同じ指摘をした。

 まず一人目。活劇シーンに入ってから、駆け足で物語が続くのだが、大量に人が死んでいき、読者の心に「また死ぬの?」といった「慣れ」が生じてしまう。
 書き手の心理としては、手を緩めては読者がつまらなく感じないだろうか?アクションをたたみかけたい、という気持ちかと思う。

 次の生徒さんは、物語の第二章に入り、第一章で登場した人物たちの背負った「業」が少しずつ、キャラクター達や読者に共有されていく話を描写の中で語っていく章である。
 静かな章で、書いていて、読者はつまらなくないだろうかと書き手として不安になった、と言うことなのだ。

 お二人とも書き慣れていないからこそ起きる不安である。
 物語には「緩急」が必要なのだ。跳躍するためには、まずかがまねばならない。
 最初の生徒さんは不安から「急」だけになり、二人目の生徒さんは「緩」を書いていることに不安になったわけだ。

 「緩」のシーンは、物語の中では次のドラマティックな展開に必ず必要な展開である。二人目の生徒さんは、準備稿の段階で「緩」の章にあった暴力シーンを削ってきた。これは、とってつけたようなシーンだったので、もし残っていたら私が指摘しようかなと思っていたのだが、ご自身で「必要ないシーンとしか思えなくなった」と削ってきたのだ。
 よくぞ気づいた、生徒君。

 実際に小説を書いていくと、この語りの「緩急」がわかってくる。
 物語は、読者を「誘い、じらし、満足させる」の繰り返しで転がしていく。
 「緩急」の「緩」とは、まさにこの「じらし」に他ならない。この「じらし」の間に、より「サプライズ」させるための仕掛けをしたりするわけだ。

 ただ、読者を「じらす」ように書いている時は、作者もやっぱりじれている。早く次を書きたくて仕方ないわけである。


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# by hajime_kuri | 2015-07-11 23:01 | 小説指南 | Comments(0)
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# by hajime_kuri | 2015-07-01 01:03 | 小説指南 | Comments(0)

 「マッド・マックス」シリーズは一九七九年の第一作から一九八五年の第三作まで、近未来の荒廃した地球を舞台にカーアクションを中心にすえた活劇映画である。特に第二作は、「モヒカン頭の暴走族」、「アイスホッケーのフェイスガードの悪の帝王」、「フットボールのプロテクターを鎧風に使った戦士の衣装」、「凶暴なデザインの改造車」など、その後のディストピア・ポストアポカリプス物語の原型となる数々のアイテムを生み出した物語で、マンガ「北斗の拳」を代表とするエピゴーネンをうんざりするほど生み出した。見た者にそれだけ衝撃を与え、アクション映画に革命を起こした作品だったのだ。

 「マッド・マックス・怒りのデスロード」は監督ジョージ・ミラーが三十年ぶりに公開する第四作だ。今回は、この作品と旧作を比較して、以前も語った「同時代性」を出すために監督ジョージ・ミラーがどのように物語を作ったかを具体的に考えてみる。

 今回の世界は、前作よりもさらに荒廃の進んだ核戦争後の世界である。第二作ではガソリン、第三作ではメタンガスで作る電気が支配構造を形作る戦略物資なのだが、今回はそれが水である。さらに大半の登場人物が放射能等の障害を持っていて短命である。女たちは子供を産む道具であり、乳を出す資源でもある。第二作の冒頭には暴走族にレイプされる女のシーンがあるが、デスロードでは女は性欲の対象ですらないほど世界の荒廃が進んでいるのだ。
 冒頭、イモータン・ジョーにとらわれたマックスは健康な血を供給する生きた輸血袋にされるぐらい、人間はモノなのである。

 第二作の敵は、暴力で支配する暴走族ヒューマンガス。第三作では、秩序のためには恐怖政治も厭わない統治者アウンティ。今回は、死後の栄光を約束するカルト的宗教支配者イモータン・ジョーだ。配下のウォーボーイズは、勇敢な死に様を競い合うような連中で、まさにこれはイスラム原理主義のテロリスト集団を思わせる。

 第二作でマックスが守ることになるのは、自由と安全を求めて旅立つコミュニティーで「女、子供、家族」という自由や平和を象徴する者たち。第三作では、「知識、子供」という未来への希望を象徴する者たちだった。今回は、「抑圧された女たち」である。フェミニズムなどで語る者もいようが、彼女たちはもっと大きな「人間の尊厳」「再生のための希望」を象徴する者だ。
 前半の砂嵐の後、マックスが初めてフェリオサと彼女が逃がそうとする女たちと出会うシーンの美しさはどうだ。守らなければ壊されてしまうほど弱くてはかないが、それだけに大切な「人間の尊厳、再生の希望」に他ならない。このシーンの女たちはボッティチェルリの「春」を思わせるし、その前の砂嵐のシーンはまさに「テンペスト」。宗教的な暗喩すら感じさせる。

 全作までは、「逃げ切る」ことがクエストの完了だったが、今回は、水のある場所を「奪い返す」ことがクエストの完了になっている。またカルトの教祖の化けの皮をはぐというのもあるだろう。

 全編を疾走する活劇にするための設定とストーリーだが、現代に再生するにふさわしい工夫が込められている。

 さらにエピゴーネンに真似られて手垢の付いた造形(モヒカン、フェイスガードなど)は一切出てこない。改造車のイカレっぷりはさらにパワーアップしている。

 ここで気がついた。ジョージ・ミラーは全作と同じ「物語」ではなく、全作と同じ「驚き」を作りたかったのだと。そして、これこそ私たち前作のファンが待ち望んでいたことなのだ。ネットを駆け巡る作品の感想が、ほぼ称賛一色なのはそのためなのだ。

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# by hajime_kuri | 2015-06-30 19:34 | 小説指南 | Comments(0)

 芸人・又吉直樹さんの「火花」を読了。久しぶりにしっかりした職業小説を読んで満足した。作品は正統派の小説で、感心したのはしっかりとした描写力だ。

 冒頭、熱海の花火大会のイベントでの営業で、地元老人会のカラオケが押して、花火が始まった中で漫才の舞台を勤める新人芸人の心や、彼に「かたきとったる」と言って舞台に上がる先輩の神谷さんの姿など、このシーンでぐいぐいと作品に引き寄せられた。

 実際のリアルな芸人生活から得られた体験を、しっかりとした描写で語る力に感心した。
 芸に向き合う若者の一直線で不器用なところは、誰もが抱えたことのある気持ちの延長線上にあり共感できる。

 漫才・落語といった話芸は観客の反応を観ながら舞台をかさねてブラッシュアップされる。それは作者自身という最強の読者の推敲を重ねて作られる小説の執筆過程と同じである。
 又吉さんの小説を読んで、「話す」と「書く」の違いはあれども、小説もまた「話芸」であると改めて気づかされた。

火花


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# by hajime_kuri | 2015-06-27 16:23 | 小説指南 | Comments(0)