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「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri
今回は拙著「不死の宴 第二部 北米編」をネタに、情景や状況を描写しながら人物の情報も読者に伝えるという実例を解説。
以下引用---------------------
 目を覚ますといつも日没だ。カルメン・バエンズエラ・レジェスタはこのスイッチを入れるようなヴァンパイアの目覚めが嫌いではない。昔の夢を見なくてもいいからだ。
 強ばった体をほぐしながら化粧台の前に座る。
 鏡の中の自分は十九歳の時のままだった。もう三年以上は経ってるのに。
 鏡の中の時計は左右逆になり、日没後の時刻を指している。カルメンはメイクをする手を止めて皮肉な笑みを浮かべた。
 化粧台の上に乱雑に並んだ化粧瓶と口紅やブラシの間からジタンのパッケージを拾い上げ、一本を降り出すと唇に挟んだ。そして、鏡の前に置いてあったジッポのオイルライターで火を付けると大きく煙を吸い込んだ。
 日没後から起き出してメイクして、常人のころから私は夜に生きてたんだ。夜の街に立ってくそったれの家族を養う為に小金で体を売る。
 あのころ化粧で隠していた肌の荒れや、夜の闇でごまかしていた情夫の殴打の痣はもうなかった。日に当たらない肌は白磁のように白くなり、肉体は肉の繊維の基本から変わったかのように美しく強靱になった。
 今なら、大金を稼げるのにと思った。そしてすぐに、そんな思いはゲイリーにすまないなと思った。私を救い出すために彼は死刑囚になってしまったのだから。
以上引用---------------------

カルメンというキャラクターの初登場シーンである。
注目すべきは、
・昔の夢を見なくてもいいからだ。←彼女の過去をうっすらとつたえ、さらに
・常人のころから私は夜に生きてたんだ。夜の街に立ってくそったれの家族を養う為に小金で体を売る。←と畳みかける
・化粧台の上に乱雑に並んだ化粧瓶と口紅やブラシの間からジタンのパッケージを拾い上げ、一本を降り出すと唇に挟んだ。←情景を描写しつつ、彼女の鉄火肌のキャラを読者に伝える

 情景を絵で伝える「描写」は、「説明」より面倒に思えるかもしれないが、同時に複数の情報を伝えることができる。そういう濃い描写ができていないと、評者や選者は「薄い文だなあ」感を抱くの恵ある。



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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
不死の宴 第一部 終戦編
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
# by hajime_kuri | 2021-09-11 16:35 | 小説指南
拙著「不死の宴 第一部 終戦編」から引用を基に、そのシーンは何のためにあるかを解説。
自分の作品は遠慮なくネタにできて楽でいいですな。

以下引用-------------------
 ようやく松も取れた頃合いなので、諏訪神社の本宮は初詣客も落ち着いていた。午前中とはいえ、もう昼近い時刻である。
 みどりは、如月を案内して諏訪神社の本宮へ来ていたのだ。
 参道を歩きながら、左右の店に並んだ羽子板や、だるま・招き猫などの色とりどりの縁起物を見ていると、それだけでみどりはうきうきとした気持ちになった。空気には、篝火を燃やす炭の匂いに混じって綿飴や焼き芋の匂いが漂っている。
 隣では如月一心が珍しそうに周囲を見回している。参道の奥に立つ御柱の根本まで来ると、身をそらすようにして見上げた。御柱は諏訪神社に独特の様式である。総重量十トンを超す大木の柱を社の四隅に立て結界をなす。建御名方(タケミナカタ)命が二度と諏訪の地から出ないように封じる意味もあったのであろう。
 「さすがに全国の諏訪神社のおおもとだけある。立派なもんだ」
 「今年は、七年に一度の御柱祭りの年だから、先生はいい時期に諏訪に来たね」とみどりが言った。
 「竜之介氏から聞いてるけど、諏訪は縄文の頃の信仰が色濃く残っていておもしろいよ。先日の蛙狩り神事も珍しいなあ。あれって生け贄を捧げる儀式だろう?ミシャグチ信仰に関係するのかなあ」
 蛙狩り神事とは、毎年元旦に諏訪神社の上社・本宮で行われる。歳旦祭終了後に、神職と大総代が御手洗川で行う神事であった。
 鋤で川底をさらいながら上流へ移動し蛙を捕まえる。それを三方に載せ贄とし、参拝殿へ戻り、壇上で篠竹の矢で射抜かれて神前に捧げられるのだ。
 「あれはミシャグチの神事じゃないのよ」とみどりが言った。
 「そうなの?」
 「だって、上社の前宮じゃなくて本宮の方でやるでしょう。あれは負けた洩矢(モレヤ)神が建御名方命(たけみなかたのみこと)に忠誠を誓うことを儀礼化したもんだろうって竜之介兄さんは言ってたよ。どんな年でも必ず蛙が捕まるのは自ら生贄になるために出てきたってことで、洩矢と建御名方命の関係を暗示してるんだろうなあって」
 みどりは、そう説明した後に、これってミシャグチの眷属と守矢氏との関係にも似ているなと気づいた。諏訪の信仰には、このような暗喩(メタファー)が幾重にも重なっていて、その歴史の重みが、折に触れ自分たち兄弟の上にのしかかっていることを感じるのだった。
 不意に黙ってしまったみどりに、如月は、「甘酒飲まないかい?」と言った。
 「やったー」
 面を上げたみどりは、ぱっと光るように笑顔を見せ、はしゃいだ声を上げた。
 「やっぱり、俺たちのような常人は、週に一回は太陽の日を浴びないとなあ」
 如月の言葉に、みどりも、そうなのだと思った。そして、姫巫女が眠っている日中なら、如月先生の目線の中には私しかいない、私を見てくれると思ったのだ。
以上引用---------------------

このシーンは、実は初稿アップ後に修正段階で追加したシーンである。追加の理由は以下の通り。

・守矢みどりと如月一心の関係が曖昧だった。
 みどりの如月への憧れと、それを知りつつ守矢一族の秘密を知りたい自分の気持ちを押さえている如月の気持ちを、前半でちょっぴり「読者に提示しておきたい」ということ。

 そこで、私はそれを物語の中盤までの段階で描こうと考えた。結果的に第四章(作品は全九章)の中の二番目のシーンである。
・なぜ諏訪大社(当時は神社)の初詣なのか
 東京から来た如月を自分にゆかりの諏訪大社の初詣に誘うのはごく自然。また、物語の女性キャラの中で、姫巫女美沙はヴァンパイアで夜のシーンが多い。それと対比するキャラであるみどりは健康美と少年っぽさが特徴なので、美沙のいない陽光の下のエピソードにしたかった。さらに、大社の本宮に残る奇怪な儀式を読者に伝え「伝奇テイスト」を味わってもらう趣向もある。
 また私が、ほぼ毎年のよう初詣した諏訪大社の正月風景が好きで、文章で描写したかったせいもある。

 このように、物語りの中のシーンは必ず必要があって配置されている。何らかの事情で水増しされたシーンですら、それが作品の質を上げるための結果に繋がっているものである。


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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
不死の宴 第一部 終戦編
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
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盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
# by hajime_kuri | 2020-09-29 13:02 | 小説指南
今回は自分の作品を事例にして作品をなおしていく際の注目点を解説。例に挙げた作品は現在「ステキブンゲイ」という投稿サイトで連載形式でアップしている「奥安アパートメントの四季」というもの。
執筆は2008年の休職時期から1年間、その後2年のブランクの後、うつ退職後に完成させた作品である。箱書き方式でゼロから構想して書き上げた作品で未発表のままだったのをブラッシュアップして公開しているわけ。
10年前の私の未熟さがよくわかって直しがいがある。では見ていこう。

(元稿)

 芝居の初顔合わせが行われたのは十二月第一週の金曜日の夜だった。現場の雰囲気を全員で共有するために、アパートメント三階の会議室が、場所として選ばれたのだ。
 直美や向井など虚構座のメンバーに加えて、近年地元の演劇シーンで勢いのあった「弱酸性シアター」から花輪マルオが参加していた。
 マルオは、ひょろりとした外見とメガネがトレードマークで、気の弱そうな、でもどこか抜けていて図太い、というキャラクターを演じて、地元のテレビでも人気があった。
 他には、共催者として、オフィス・エッヂのディレクター小川と国松が顔合わせに参加していた。
 会議室には時田の手によって古い石油ストーブが持ち込まれており、アパートの昭和なムードとぴったりだと向井が喜んだ。
 まず今回のカンパニーのリーダーを務める向井〆太から挨拶があった。
創立二十年を迎えた今年は、今までの虚構座の演目から一番人気の作品を演じるつもりだった。でも、若い座員から新しいものに挑戦したいという声が上がり、なおかつ脚本まで上がってきたこと、そしてそういった前向きなチャレンジ精神こそが、虚構座の本質であったことを再確認し、二十年の総決算を新作で問うことにしたのだと言った。
 「今回の作品は、わが虚構座だけでは大きすぎる作品になったので、ここにいる花輪さんを客演としてお招きした。弱酸性シアターは虚構座のライバルとして、みんなもよくご存知だと思う」
 紹介された花輪が立ち上がり、軽く頭を下げると、関係者から歓迎の拍手が起きた。
 「堀井女史は以前から知っていましたが、こんないい脚本を書くとは思いもしませんでした。才能に少し、嫉妬しますが、演じるのはとても楽しみです」と花輪。
以上引用ーーーーーーー
 箱書きから始めた弊害で、全体がシナリオのト書きのような説明で終始している。映像喚起力が弱いのだ。この文章では作者の私だけがわかってるのだ。誰の目線のシーンかも読者はわからない。群像劇では致命的。早い段階で視点となる人物の会話なり動作なりを入れてやる。そこで次のように修正した。

(修正後)
 芝居の初顔合わせが行われたのは十二月第一週の金曜日の夜だった。現場の雰囲気を全員で共有するために、アパートメント三階の会議室が、場所として選ばれたのだ。
 室内には古い石油ストーブが置かれていた。反射式の旧型で赤熱した網が見えている。上に置かれた薬缶がしゅんしゅんと蒸気を出している。
「このアパートの昭和なムードとぴったりだなあ」と向井が苦笑いした。
「管理人の時田さんがね、これも演出の一つですって出してくれたの」と直美。
 折りたたみ椅子が並べられた室内には、直美や向井など虚構座のメンバーが座っている。他には、共催者として、オフィス・エッヂのディレクター小川と国松が顔合わせに参加していた。
「じゃ、始めますか」と言って向井が立ち上がった。
「みなさん暮れのお忙しい中ご足労いただいてありがとうございます。今回のカンパニーのリーダーを務める向井〆太でございます」と頭を下げると「なんか〆太さんらしくないぞ」と茶々を入れる声がかかり、どっと一同が笑って空気が和んだ。
「創立二十年を迎えた今年は、今までの虚構座の演目から一番人気の作品を演じるつもりでしたが、若い座員から新しいものに挑戦したいという声が上がり、なおかつ脚本まで上がってきたこと、そしてそういった前向きなチャレンジ精神こそが、虚構座の本質であったことを再確認し、二十年の総決算を新作で問うことにしました」と言った。
 「今回の作品は、わが虚構座だけでは大きすぎる作品になったので、ここにいる花輪さんを客演としてお招きした。弱酸性シアターは虚構座のライバルとして、みんなもよくご存知だと思う」
 紹介された花輪が立ち上がり、軽く頭を下げると、関係者から歓迎の拍手が起きた。
 「弱酸性シアター」近年地元の演劇シーンで勢いのあった劇団で花輪マルオはその創立メンバーの一人だった。
 マルオは、ひょろりとした外見とメガネがトレードマークで、気の弱そうな、でもどこか抜けていて図太い、というキャラクターを演じて、地元のテレビでも人気があった。
「堀井女史は以前から知っていましたが、こんないい脚本を書くとは思いもしませんでした。才能に少し、嫉妬しますが、演じるのはとても楽しみです」と花輪。
以上引用ーーーーーーーーー
このように小説原稿の推敲は、文章の「意味が通じる」ことや「てにおは」ではなく、読者に「どのように伝えたい」か「どのような印象を与えたい」か「ストーリーや作品の狙いに反するような誤解や予断を与えていないか」などがポイントになる。
この「読者目線」を意識するためには、作品を何作かコンプリートするだけでなく、プロの作品を浴びるように読んでいくことも重要。自作との違いがうっすら見えてくる。さらに人に読んでもらうことで、その人に気づいてもらう事も出来る。お試しください。

この作品は下記「ステキ文芸」にて公開中です。


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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
不死の宴 第一部 終戦編
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
# by hajime_kuri | 2020-07-07 08:48 | 小説指南
この記事はネタバレを含んでいるので映画を見てからお読みいただきたい。今回は長い。

先日、トッド・フィリップス監督作品「ジョーカー」を観た。「タクシー・ドライバー」との共通点を聞いていたので二つの作品を通して分析してみた。

 マーティン・スコセッシ監督作品「タクシードライバー」(1976)はカンヌのパルムドールを獲得した傑作である。
 帰国以来不眠症に悩むベトナム帰還兵トラヴィスはタクシーの夜間ドライバーとして日常を送り始める。当時は帰還兵の社会不適応が社会問題になっていて、そのような文脈で語られていたが、今観るとトラヴィスは間違いなく自閉症スペクトラム症という発達障害に見える。当然社交性も低く友人との会話もちぐはぐである。好意を持った女性からは奇異に観られて避けられる始末。ついには逆恨みで彼女が働く選挙事務所の大統領候補を暗殺しようと考える。また、76年という時代からみると保守的なほど道徳的な男で、だまされて売春宿にいる少女(若き日のジョディ・フォスター)に家へ帰れと説教をするぐらい。
 大統領選挙の演説会で候補を撃とうとするがシークレットサービスに見咎められて逃げ出したトラヴィスは、それでは収まらず売春宿に行ってヒモの男ら3人を射殺する。自分も撃たれて、自殺しようとするがすでに撃ち尽くして弾は空だった。ニュースになったトラヴィスは世間からは英雄として扱われる。
 ラストシーン、NYの夜をタクシーで流すトラヴィスはやっぱり孤独だった。

 さて「ジョーカー」だ。老いた母と二人暮らしの主人公アーサーはストレスで突然笑い出す症状を持った精神障害者である。70年代のゴッサムシティーは貧富の格差が拡大し、社会の不満が臨界まで達していた。
 ピエロの仕事をしながらコメディアンを目指すアーサーは一般人とは笑いのセンスが異なり、笑えないコメディアンなのであった。不良少年たちに欲求不満解消の暴力をふるわれる。同僚が護身用に拳銃をくれるがそれを仕事先の小児科で床に落としたことで職場も首になる。その夜、地下鉄の車両で女性に絡んでいた三人のサラリーマンの前で笑いの発作が起き、その三人から暴力を振るわれて身を守るために拳銃で射殺してしまうのだ。不思議な高揚感を感じるアーサー。殺された三人は証券会社のエリートサラリーマンで、この事件は不満を抱く貧困層の快哉を呼ぶ。街頭でデモをする人々はピエロの仮面を被るようになった。まるでガイ・フォークスの仮面のように。
一方で妄想に囚われた母は病に倒れる。唯一の慰めは同じアパートに暮らす未亡人の女性だが、彼女との甘い思いでも自分の妄想であったことにアーサーは気づく。
テレビのコメディショーで自分の映像が流れ、その笑えないコメディアンぶりにジョーカーとあだ名を付けられる。さらにはそれが話題になり番組に招待されることになる。
当日、自分をはめて退職に追いやった同僚を殺すとアーサーは番組に向かう。番組内で、自分が犯人だと告白するアーサーに司会者は道徳ぶった言葉を言う。アーサーは「笑いのオチは私が決める。みんな主観に過ぎない。おまえが私を番組に呼んだのも、私を笑い物にする為なのだろう」とその欺瞞性をズバリと指摘して、その場で彼を射殺する。阿鼻叫喚のスタジオでカメラの前でステップを踏むアーサー。私(観客)は不謹慎にもこの射殺に快哉を叫んでいる自分の心に気づいた。

この作品。決して後味のいいものではない。それは、大多数の観客(一般人)の心にある、障害者やマイノリティに対する「鈍感さ」「無知」さらには助けてやる支援してやるという上から目線の「傲慢さ」をジョーカーになってしまったアーサーの目を通してこれでもかとばかりに「体験」させるからである。
そして観客に、このアーサーの体験や気持ちは決して特殊なものではなく、学校や職場で大なり小なり自分でも体験したことをカリカチュアライズしたものだと気づかせるのだ。
「タクシー・ドライバー」で主役のトラヴィスを演じたロバート・デ・ニーロが射殺される司会者を演じてるほか、鏡の前で踊るシーンになど「タクシードライバー」をトリビュートするシーンが随所にある。

「タクシードライバー」でトラヴィスが射殺した相手は街の底辺にたむろするチンピラだったが、アーサーが殺した相手は、反撃できない弱い相手とみるや居丈高に暴力を振るうホワイトカラーの会社員、社会の良識を装いながら売れないコメディアンを貶めて笑い物にしようとする芸能人、職場の異分子を辞めさせる同僚、暴力で子供を障害者にした母である。

トラヴィスの殺した相手が解りやすい「悪」であったため彼は簡単に英雄になった。アーサーは見えにくい「悪」に抵抗したために社会の「悪役(ヴィラン)」になったのである。

映画「タクシードライバー」は中二的な解釈をするファンが大多数だった。当時高校生の私もその一人。そんな後追い映画が雨後の竹の子のごとく湧いてきた。自閉症スペクトラム症という傷害が「ベトナム帰還兵問題」によって隠されてしまったこともあるだろう。
「ジョーカー」にはそんな中二的な解釈を許さない苛烈さがある。先日の神戸の教師同士のいじめ事件を思い、社会が1976年より格段に病んでいるのだと感じる。

「ジョーカー」とは、大統領候補を射殺してしまったトラヴィスの、もう一つの「タクシー・ドライバー」なのである。

追記
舞台となったゴッサムシティが貧富の差が大きな世界になっているのは、この物語には「誰もが心に押し隠している暴力性が簡単に顕在化する社会」が必要なための舞台設定だ。
だが、この作品を「貧困社会の告発」と称して反トランプ、反安倍晋三に結びつける「頭の悪い評論」が必ず出てくると思うなあ。まあ誰が言い出すかも想像着くけど(苦笑)
追記2
スコセッシとデニーロのコンビの「キング・オブ・コメディ」との関係も書いておく。
「キング~」ではデニーロ演ずるルパートは誇大妄想気味のエキセントリックな人物だ。憧れのコメディアンになるために往年のスターであるジェリー(ジェリー・ルイスが演じている)の番組に出るために彼を誘拐し人質にする。逮捕収監されるのだが、番組でのコントが受けて服役後スターとなって帰ってくる。ある意味、80年代の「タクシー~」とも言える作品。この両作品で主役を演じたデニーロを迎えて、ラストでアーサーに彼を射殺させていることに、監督の無言のメッセージを感じたのは、俺だけだろうか。

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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
不死の宴 第一部 終戦編
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
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薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
# by hajime_kuri | 2020-07-07 08:44 | 小説指南
 私の生徒さんには、インターネット上の投稿サイトに飽きたらず公募に挑戦する方が少なくない。
 彼らがぶつかる壁が予選通過である。投稿サイトでは膨大なPVをあげてたくさんの「いいね」をもらっているのにどうして二次予選を突破できなかったのか等。

 投稿サイトでは、「荒削りでも一点気に入る」ところがあればかなりの人気を得ることができる。だからこそ、指導や教育前提の新人(原石)発掘に適している。
 一方、公募の方は、「最後まで読ませる力」「破綻していない構成」「正確に伝える文章力」等は「基礎構成技」として当然で、後は他作品にない「独自の何か」の有無が「加点ポイント」になる。

 つまり公募での戦いは「減点ポイントを減らして完全にする」ではなく「その上でどれだけ加点ポイントを積み上げるか」になってくるのだ。
 この加点ポイントは作家自身が見つけるしかない。実は、私自身が一番悩んだ、いや今でも悩んでいるのがこれなのだ。

 私が二十三歳で初めて書いた小説は大藪晴彦作品を模倣したヴァイオレンス小説で、周囲からは「大藪っぽくて面白い」と言われたが「読ませきるおもしろさ」はあっても「~みたい」どまりで、抜きんでた何かには欠けていたのだ。

 三十歳になるまでに、小説4本とシナリオ2本をコンテストに送っていたが、いつも一次予選通過作品の中の一つで、「太字の作品は二次予選を通過しました」の中には入れなかった。
 初めて最終候補になったホラー作品(一九八九年)も「大好きなラブクラフトの設定を日本に持ってきただけ」と酷評された(クトゥルーものってそういうもんだろう的なつっこみはさておいて)

 初めて佳作入選した作品でようやくその加点ポイントにうっすらと気づかされた。
 その賞はテレビドラマ用のビジネスストーリーの公募で、大賞受賞作品は「オークションに出品するフェラーリの幻の名車」の偽物を作る職人たちが、当初の打算や金銭欲を超えて本物同様の名車を作り上げていく過程でクラフトマンシップに目覚めていく物語であった。今まで聞いたことのないストーリーに感心させられた。

 佳作に入選した作品群は、「製薬会社の宣伝部を舞台に偽薬をプロモーションで売りまくる話」や「投資会社でディーラーをするサラリーマン」や「ソ連と日本の留学生達の青春」など、どれも似たような話はなかった。

 私の作品は「衆院選を巡る選挙広告の取材合戦の内幕」を「神様のお告げで立候補した老婆」を軸にして描いたユーモア作品で、バブル期のきらびやかで派手な広告業界を描いた応募作が複数あったであろう中では「地方の新聞広告営業」という地味な世界をユーモラスに描いた異色作だったのである。

 公募における加点ポイントは、「作品の舞台、設定。モチーフ」などの珍しさだけでなく、「作者の感性」「登場人物の魅力」など、多岐にわたる。作者個人の「嗜好」や「職歴」すらそれにつながる。私の場合は「うつ」体験から得たポジティブ思考や「笑い」のセンスだろうか。

 自分の作品、作者としての自分の「加点ポイント」を一度考えてみるとよいだろう。自分では気づいていない「何か」を発見できるかもしれない。

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不死の宴 第一部 終戦編
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神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
# by hajime_kuri | 2020-07-07 08:42 | 小説指南