「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri
6年前に某ラジオ局の開局記念番組を提案したいという知人の依頼で書いたシノプシスがこれね。なかなかいい話だよ。舞台は岐阜の某商店街。
特番をいくつもセールスする余裕ないとのことで没。

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■ キネマ通り商店街
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 ◆ 第一話
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 僕はタカシ。商店街に住む小学生だ。こいつは友達のマルオ。ちょっとのんびりしてるけど人の気持ちのわかるいいやつ。こちらがヒデオ。SFばかり読んでる頭でっかちだけど、何かしら面白いことを考え出す天才。
  この三人でいつもこのキネマ通り商店街を遊び回っているんだ。
  なぜキネマ通りなのかって?
  それはこの通りにたくさんの映画館があったからなんだ。
  商店街のお年寄りに言わせると、
  「昔は、東京浅草の六区と並び称されたものだ」
  なんだってさ。
  第一話では、この物語に出てくる登場人物たちエピソードを交えて紹介するよ。
  それと商店街の色々な情景を案内するつもり。
  なんたってヒデオは、商店街の廃墟マップを作っているからさ。
  ヒデオの地図で、もうすぐ廃墟の仲間入りをしようとしているのが、商店街の一角にある日の出アパートメント。もう八十年も建っている。来年の春には取り壊される予定なんだけど、最近は色々な怪現象が起きているんだ。死んだはずの人が歩いていたり、誰もいない部屋からラジオの音が聞こえたり。一階で喫茶店をやっている時田さんは、「この建物も臨終間近じゃから、おおかた昔の夢でも見とるのだろう」と笑ってる。時田さんの喫茶店はお父さんの代からの店で、昭和の頃からまったく変わっていない。お客は滅多に入っていなくて、ランチタイムかどうかに関わりなく、いつでも焼きそばやラーメンを出してくれる、そんな店。ずいぶん昔に奥さんが亡くなってからはマイペースで、つまりあまり商売っ気もなくってことだけど店を開いているんだ。
  時田さんは面白いじいさんなんで、僕たちは時々、おしゃべりに行くんだ。機嫌がいいとジュースやお菓子を振る舞ってくれる。
  そんな商店街のクリスマスイブ。地元のラジオが開局五十年を迎えた日に、この事件は起きたんだ。きっかけはアパートの地下室をの掃除を時田さんにまかされたこと。僕たちはお小遣いに誘われて、その掃除を手伝うことにした。だって何十年もしまっていた地下室の倉庫なんて、魅力的だろう。
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 ◆ 第二話
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 倉庫の掃除で、僕たちは変なモノを沢山発見する。足踏み式のミシンとか、氷式の木製冷蔵庫とか、家具調のテレビとか、時田さんが子供の頃に、少しずつ姿を消したものがいくつもあったんだ。きっと昔のアパートの住人が、残していったものがいつまでもこの地下室で眠っていたのかもしれない。地下室の中だけ時がとまっていたみたいなんだ。
  そこで僕たちは一台のトランジスタラジオを見つけだした。象牙色のプラスチックのボディで、ロケットみたいな流線型。ヒデオに言わせると、昔に、こんな流線型が流行した時代があったんだってさ。レトロじゃん。
  マルオがゲーム機の電池を抜いて、ラジオにセットした。スイッチを入れて、電波を拾いかけたとき、ぐらりと地震が起きたんだ。ラジオの音が一瞬ゆがむと、突然放送の声が「開局」の放送に変わる。
  「過去の電波を拾ったんだ」
  なんだか外が騒がしい。僕たちは外へ出たみた。びっくりするような人出だ。
  「お祭りみたいだ」
  商店街は喧噪にあふれている。チンドン屋が通り過ぎる。商店街には演歌が流れている。閉まっていたシャッターの店が開いている。駐車場が消えて木造の店が現れている。
  「過去にきたみたい」
  「でもアーケードはちゃんとある、コンビニも」
  商店街は、過去と現在が入り交じるなんとも不思議な空間になっていたのだ。
  僕たちは商店街を歩き回る、時田さんが過去を解説してくれる。
  駄菓子屋まで来たときに、時田さんが驚いた。
  「おばちゃんが生き返っている」
  そして、はっと気づいた時田さんは、「店に戻る」と叫んで駆け出した。
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 ◆ 第三話
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 店に帰った時田さんは、死んだはずの奥さんに迎えられた。
  同様の出来事が、商店街のそこここで繰り広げられている。
  お年寄りの中には、この出会いを喜ぶ者も多かった。
  「夢だ、夢のようだ、醒めないでほしい」と。
  そして僕たちは、過去と混在するエリアが、徐々に拡大していることに気づいた。
  ヒデオは時田の言葉を借りると「商店街全体が、アルツハイマー症のようにまだらな昔の記憶を辿っているんだ、そして僕たちはその中に閉じこめられている」と言った。
  やがて商店街の外側に路面電車の鐘の音が聞こえ始める。ことは商店街だけでは収まらなくなったのだ。
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 ◆ 第四話
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 僕たちは、もう一度事態を思い起こす。地震が原因だろう。その時にラジオが過去の電波をとらえた。このラジオで現代の電波をとらえれば、商店街の時間のゆがみを戻せるかもしれない。僕たちが引き起こしてしまったことなら、僕たちで何とかしなきゃ。
  ラジオを持ち出そうとする僕たちに時田さんは言う。「このままにしないか」と。せっかく巡り会えた奥さんと、もう分かれたくないのだ。
  でも、それは間違っている。死んだ人は死んだ人なんだ。時田さんも寂しそうにうなずいた。
  僕らはラジオをあわせ始めた。でも聞こえてくるのは過去の電波ばかり。
  「このエリアはすでに過去に取り込まれているんだ」
  ラジオを持って僕たちは外へ出た。どこかで必ず現代の電波を拾うんだ。
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 ◆ 第五話
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 混沌の街の中をラジオを持ってさまよう僕たち。ある老人の「五十年前、そのものなのにアーケードがあるのは奇妙だという言葉に耳をとめた。
  「アーケードができたのは四十年前で、五十年前にはアーケードはなかったんじゃ」
  頭上のアーケードを見上げる僕ら。
  「あのアーケードの上なら、過去に浸食されていないんじゃないか」
  ヒデオが叫んだ。
  僕たちは、日の出アパートメントに戻った。そして階段を上がりアーケードの上に出る。アーケードの上のキャットウォークに出ると、アーケードはいつもと同じ赤錆た姿で足下に横たわっている。
  「ここは、過去に犯されていないよ、エリアから出られた」
  ラジオを点けて、夜空の下を歩いていく。
  十二月の空気は寒いけど、星はきれいだ。
  「五十年前も同じ空だったのだろうか」
  そのとき、ラジオが電波を拾った。
  「開局五十周年、おめでとう、」
  「現代の電波だ」
  主題歌が流れ出す。
  「見て」
  アーケードの下では、幻影の過去が、霧が薄れるように消えていく。あれだけいた人並みが消え、年老いた商店の主たちが、呆然と立ち尽くしている。
  時田の前から奥さんの姿が消える。
  「別れは二度めの方がつらい」と時田。
  「見て、商店街が夢から覚める」
  「僕たちも年を取ったら過去の夢を見るのだろうか」
  「でも、僕たちはまだ見ない」
  「僕たちが見る夢は、明日の夢だよ」
  主題歌、ひときわ大きく流れて、おしまい。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
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# by hajime_kuri | 2018-05-24 14:44 | 俺の作品 | Comments(0)
私はテレビドラマの原作募集で入選経験があるぐらい映像作品が好きだ。
実は昨年、ある映像作品のコンペにご招待いただいてプロット提案をしたが、没になっていた(苦笑)
先方は、アクションコメディを所望していたのだが、私はコン(詐欺)ゲームで提案したのである。
だって、そっちの方がずっと面白いじゃんと思ったせい。
そろそろほとぼりも冷めたろうから、このBLOGで公開しちゃおうってところ。
添付したJPG画像がそれ。
ご笑覧ください。
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薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2018-04-26 18:15 | 俺の作品 | Comments(0)
 今回は、自分では意識していなかったが他者から指摘されて気づいたテクニックについて。
例文はまたしても拙著「不死の宴」から。

 空は青く白んでいるが、昇ったはずの太陽はまだ山の向こうだった。諏訪神社上社の前宮は、まだ山の陰に入っていた。
 守矢みどりは分室での夜勤を終え、帰宅前の前宮でのお参りを済ませていた。石段の上り下りで、疲れた体が少しほぐれた気分だ。
 世間では女性の夜勤など論外だったが、ヴァンパイアの姫巫女をお守りする守矢の長女は特例なのだ。いや、今のご時世、出征した男の代わりに、バスや電車の運転など、従来は殿方の専用と言われた仕事に女性が進出していたし、しかもうまくこなしているではないか。
 婦人時局研究会の市川房枝先生も女性の参政権獲得のために奮闘しているじゃないの。
 そう考えると「女だって、やるときはやるんです」と思って胸を張りたくなるのだった。

 ヴァンパイアの出てくるSF伝奇小説だが、そのままでは地に足のつかない絵空事として笑い飛ばされてしまう。そこで、「婦人時局研究会の市川房枝先生も女性の参政権獲得のために奮闘している」という、当時の進取に富んだ女性たちにとって胸の躍るような「現実」をさりげなく混ぜることでリアリティーを加味したのである。さらに「殿方」という表現で時代色を出すことも忘れていない。
 次も同様だ。

 菅原は所長室に入るとドアを閉めた。そして自分のデスクにつくと、対面に竜之介を座らせた。
 「先般の演習以来、陸軍省でミ号計画を見る目が変わったんだ」
 うれしそうに言いながらポケットから葉巻を出した。「あさひ」や」金鳶(きんし)」のような軍用たばこではなく高級な輸入物の葉巻である。
 竜之介の視線に気づくと、「この葉巻は陸軍省からいただいた」と言い、いったん額のあたりで拝んでから口にくわえ、ロンソンのライターで火をつけた。

 ここでも「あさひ」や」金鳶(きんし)」という実在のブランドと、ロンソンのライターで菅原大佐の人となりを語りつつリアリティーを演出している。

 これは先日、作家の荒山徹先生が、「伝奇」を際立たせるには非「伝奇」的要素が重要だ、あたかも西瓜の甘さを際立たせる一抹の塩のごとく、とTwitterで拙著「不死の宴」の市川房江先生の下りを紹介されていて、改めて気づかされたのである。
 荒山先生、ありがとうございました。
 私は、こういった手法を荒俣宏先生の「帝都物語」で学んだのだと思う。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
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# by hajime_kuri | 2018-04-25 11:37 | 小説指南 | Comments(0)

厚みのある文章

 今回も拙著「不死の宴・第一部・終戦編」の一部を引用して、作家が文章を書くときに考えていることを解説する。

 まず最初に初稿の段階の文章をお読みいただきたい。舞台は昭和十八年の九月だ。

以下
 上諏訪町の駅に列車が到着したのは午後一時を過ぎた頃だった。朝八時に新宿を出てから四時間以上も列車を乗り継いできた。
 如月一心は列車が止まるのを待ちかねたようにプラットホームへ降りると大きくのびをした。長時間の列車旅で体の節々が強ばっている。背骨がぽきぽきと音を立てた。
 見上げると、九月の空は青く、空気は乾燥していて爽やかだった。
 長いプラットホームの半分は木造の駅舎から延びる屋根で覆われている。その屋根の下に入ると、夏でも涼しさを感じた。東京の残暑が嘘のようだ。信州は早くも秋の気配を漂わせていた。
 駅舎を出ると、上諏訪駅前の広場は車寄せのロータリーになっていた。

以上

 こう書き終えて私は何とも物足りない感じがした。単なる説明に過ぎないのだ。そこで、上諏訪駅の描写をしようと考えた。戦前からの信州の温泉リゾート地の表玄関である上諏訪駅。ところがインターネットで調べても、その駅舎の写真や文章がなかなか見あたらない。純粋に作者の想像で描いてもまずくはないのだが、まだ当時の駅舎を知っている人も少なくない。現実との違いで、「嘘を書いている」と思われるのもしゃくだ。そこで以下の文章を追加した。

 上諏訪町の駅に列車が到着したのは午後一時を過ぎた頃だった。朝八時に新宿を出てから四時間以上も列車を乗り継いできた。
 如月一心は列車が止まるのを待ちかねたようにプラットホームへ降りると大きくのびをした。長時間の列車旅で体の節々が強ばっている。背骨がぽきぽきと音を立てた。
 見上げると、九月の空は青く、空気は乾燥していて爽やかだった。
 長いプラットホームの半分は木造の駅舎から延びる屋根で覆われている。その屋根の下に入ると、夏でも涼しさを感じた。東京の残暑が嘘のようだ。信州は早くも秋の気配を漂わせていた。
 (以下追加)改札口は女性職員だった。戦地へ出征した男性職員の穴を埋めるため、全国的にバスも鉄道も女性職員が増えていた。
 この戦争を機会に、女性参政権とか社会参加が進むんだろうなあと如月は思った。戦地から戻ってこない男たちも少なくないからだった。
 昼食時間直後のせいか待合室は閑散としていた。国民服姿の男ともんぺ姿の婦人が数人、ベンチに座って列車を待っているだけだ。
 木と漆喰の駅舎の壁には、温泉や旅館の広告に混じり、ここにも「撃ちてし止まむ」の標語が散見された。民間の広告が軍の標語を掲げるのである。聖戦遂行に協力していますというわけだ。「撃ちてし止まむ、上諏訪貯蓄銀行」といった具合。「撃ちてし止まむ」の字が不自然に大きいのは、商品広告より標語の方が大きくないと、軍から標語の使用許可が下りないからだ、と勤務先の広告担当が言っていたことを思い出した。
 駅舎の壁には、その如月の勤務先・理研の広告もあった。「理研ビタミン球」の「健康布陣、国土防衛に体当たり」という広告だ。防空訓練の婦人たちの絵が描かれている。「布陣」と「婦人」の語呂合わせのようで、日米開戦当初の「健康家庭は日本の底力」から、戦時色がさら強まってきていて戦局が厳しさを増していることを感じさせた。他社のポスターや広告の紙面に踊る言葉も「決戦だ」とか「銃後も戦場」など絶叫型になっている。五月にアッツ島の玉砕が報じられていて、前後して学徒動員も始まっていた。国民服が奨励され、帽子も戦闘帽や国民帽が奨励されていた。
 陸軍省のポスターも掲示されていて、そのデザインは、幾何学的なタイポを使ったロシア構成主義風だ。戦争宣伝のスタイルだけは「共産主義国」と同じなんだなと皮肉な思いに捕らわれて、如月は小さく頬をゆがめて笑った。(以上追加)
 駅舎を出ると、上諏訪駅前の広場は車寄せのロータリーになっていた。

 追加部分は、駅舎の具体的な描写ではなく、戦時色が強まった情景と、開戦からのポスターの変遷に思いを馳せた如月の心象を描写している。これにより、如月がホームに着いてから駅舎を出てロータリーに出るまでの時間の経過も読者に「間(ま)」として体験させているのだ。
 作家にとっての苦し紛れの文章だが、時間の経過と同時に「時代背景」と如月の勤務先など「人物の背景」も語っている。
 小説の文章は、複数の情報を読者に「同時に感じさせる」ほど密度の濃いものになる。
 ライトノベルを書いている入門者の方は、これを意識するだけで作品が厚みを帯びる。お試しいただきたい。

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# by hajime_kuri | 2018-01-16 17:42 | 小説指南 | Comments(1)
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兄の百済王によって処刑されかけた悲劇の王子、余豊璋。
才知溢れ、王位継承者でありながら不遇をかこつ新羅王族、金春秋。
冒険心に富み、天皇位簒奪への野心を燃やす倭国豪族、蘇我入鹿。
聖徳太子の大いなる遺志を継ぐために、策略を巡らす葛城皇子。
激動の東アジアの情勢は、4人の男たちの思惑と絡み合って、「白村江の戦い」へとつながっていく…

というのがアマゾンの紹介だ。
彼らの群像劇のスタイルを取りつつ、倭国(日本)の「白村江」の敗戦が何だったのかという仮説が語られる。
一読して気づかされるのが、当時の半島状況と現代の半島情勢の酷似具合。
高句麗=北朝鮮
唐=中華人民共和国
新羅=韓国右派
百済=韓国従北派
って関係性とよく似てるのだ。
彼らが、国防と政権安定のためにどの国と同盟をするかといった外交戦を、白村江の開戦20年前から追った物語である。
この外交戦争、政権抗争の手に汗握るダイナミックな物語だ。
どのキャラも素晴らしく際立っている。

実は夜勤明けで本来ならすぐ眠ってしまう私が、眠ることも能わずに最後まで読み通してしまった。
こんな時代歴史小説は今までなかった。「柳生もの」の軽妙な荒山徹も好きだが、こういった骨太な荒山徹もいいなあと、改めて惚れ直したしだい。

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# by hajime_kuri | 2017-12-25 22:29 | 時代 | Comments(0)
 小説の語りでは一人称と三人称がある。これに関しては「1人称、3人称、神の視点」で説明した。基本的に一章、一段落などの間でこの人称が混在することはないし、混在すると物語が支離滅裂になって理解不能になる。
 では次の例文を読んでみよう。拙著「不死の宴・第一部・終戦編」の第九章の一部である。終戦の夜、秘密研究の関係書類を処分するシーンだ。

以下引用---

 竜之介は自分の研究室へ入ると、一人で、処分する書類を集めはじめた。私物の類はすべて昨夜のうちに処分していた。古文書は諏訪神社と諏訪神党に隠匿を依頼してある。すでに本棚にはいくつも隙間が開いていた。さらにそこから焼却する資料を抜いていく。
 北島や西城たち、実験兵の身元関係資料の公式記録である。彼らの存在は、記録からも消えてしまうのである。
 資料に目を落とし、竜之介は四人の顔を思い浮かべた。
 初めて彼らを迎えにいった時、彼らが分室に集まった二年前の晩秋の頃を思い出した。北島のジョークや、東郷のきまじめな表情や、南部の剽軽な笑顔や、西城の恥ずかしそうな照れ笑いを思い出した。彼らを慕うみどりの笑い声を思った。
 記録から消えても、彼らがいたことだけは事実だ。忘れまい。忘れるものか。

以上引用---

 淡々とした三人称の語りの中に、突如、挿入された一人称的表現。最後の行の、”忘れまい。忘れるものか。”は、本来なら、”忘れまい、忘れるものか、と竜之介は思った。”と語られるべきなのだが、それを略して一人称のモノローグのようにしたことで、ぐっと読者の心に刺さるのである。
 ただし、これは頻繁にやってはいけない。「ここぞ」という場面に使う表現である。それでこそ効くのだ。
 また、これは作者が登場人物の竜之介の心情にすっかり憑依されている証拠でもある。これを書いている時、私は北島や東郷や西城やみどりたちの、この物語以後の運命を思い、すでに続編を書く気持ちを持っていた。
 ”忘れまい。忘れるものか。”という竜之介の言葉は、「必ず続編を書き、おまえ等の運命を見届けてやるからな」という作者(私)の密かな決意表明でもあるのだ。

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# by hajime_kuri | 2017-12-01 20:23 | 小説指南 | Comments(0)

  1. 派遣社員は各種の職場で働いている。職場ごとにローカルルールは違う。それを乗り越えるためにマニュアルが必要なのだ。一つの職場しか知らない正社員が「当たり前」と思っていることが、他の職場でも当たり前であるとは限らない。
    大手の企業では、「融通を利かして自己判断すること」が、大失敗に結びつくことも珍しくない。
    だからマニュアルを順守させる。マニュアルは派遣社員の立場を守るものでもあるのだ。
    私は三社で派遣を体験したが、タクシー会社のコールセンターで、その前にいた大手メーカーと比較して顧客の個人データに関する扱いが鷹揚すぎてあきれた覚えがある。
  2. ...
  3. 俺(派遣)「お客は自分の着信番号が表示されていること、その番号と過去履歴から自分の名前が把握されていることを知っているのですか?」
    正社員「はあ、なんで?」
  4. その職場の派遣は、大手の通信会社や自動車メーカーのコールセンターを体験しているので、そういった過去の職場と現在の職場を比較して考える。
  5. さらに大企業は、個人の技量ではなく仕事の「カイゼン」で職場の効率を上げていく。一方、中小企業や個人企業は、個人の技量に頼り切る。
    私の派遣先では、キーボードの文字がかすれて消えていたが何度言っても取り換えてもらえなかった。「ブラインドタッチできるなら問題ない」と。そのくせそのキーボードが日本語キーボードなのである(苦笑)
    その前の派遣先では、アルファベットだけの標準キーボードだが、文字はかすれていなかった。ブラインドタッチではなく「ローマ字変換」に統一されていたのである。
  6. 気づいてほしい。派遣を小ばかにしている正社員さん、実は派遣社員から笑われているのはあなたの方ですよ。
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作者・栗林元は小説を書いています。よろしければお読みください。(Kindle版です)
不死の宴 第一部 終戦編
人生はボンクラ映画・西森元
1988 獣の歌/他1編・栗林元
神様の立候補/ヒーローで行こう!・栗林元
盂蘭盆会●●●参り(うらぼんえふせじまいり)他2編・栗林元

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# by hajime_kuri | 2017-11-15 09:45 | 時事 | Comments(0)

宗教団体と映画についての雑感

先日「君のまなざし」を見てきた。
昔から、宗教団体が映画製作をすることは珍しくはなかった。
創価学会の「人間革命」をはじめとして、日蓮宗の監修した「日蓮」などのように、監修・協力が主で題材もストレートな教主もの。

...

この映画が面白いのは、一見そんな従来の宗教団体映画とは無縁な印象であること。
そしてその「同時代性」だ。
人は「正義対悪」の二元論に陥りやすく、敵対する相手を滅ぼすために「憎悪」を煽って仲間を増やす。
「テロの連鎖」や洗脳的な「少年兵教育」などを絶つことこそが現在の人類の課題である。
エンタメの「スター・ウォーズ」でさえも、愛する家族を守るためという崇高な目的のために逆に「暗黒面」に堕ちるという形でそれを描いている。
これが同時代性である。

君のまなざし」の中でも、道円という霊能者が、憎しみで鬼になってしまうのだが、「許す」ということを「頭ではわかっているけど、心が追い付かないのだ」と叫ぶシーンがあり、おお「同時代性をわかっているな」と思わされた。

エンタメ色を保ってはいるが、そこはやはり万人にわかりやすく描くことで、どうしても教義色が出てしまう部分がある。
「啓蒙色が強くなる」のである。これを庶民的な言葉で言い換えると「説教臭い」ということね。
そこが残念と言えば残念だ。
さらに手厳しいことを言えば、登場人物たちの心の動きやバックグラウンドが「類型的」であること。
健太が立花と自殺した息子のことで争うシーンなど、それまでの健太の行動や考え方からは不自然で、ストーリー進行に合わせて「作った感情だな」という気がした。
健太というキャラが朝飛と道円という人物の「観察者」としての役割で終始してしまっているのも残念だ。朝飛と道円こそが悩み煩悶する人物だから観客はこっちに感情移入すべきなのだ。
これでは観客の共感は得られにくい。
大多数の観客は、自分を「霊能者や治癒者」ではなく「治癒されるべき人」と意識しているからだ。「自分を治癒し、絶望せずに立ちあがるのは、自分自身だ。神様はそれを見守っている」というメッセージを「剣の一振り」ではない形で観客に伝えるべきだろうな、と作家的には思った。
これを映画作品として完成させるならば、言葉で「説明」している部分を、「暗示」や「兆し」のような形で観客に「気づかせる」程度にしておくことかなあ。


小説「君のまなざし」


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# by hajime_kuri | 2017-10-20 20:59 | 映画 | Comments(0)
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性同一性障害の妹にハラハラする兄貴のお話。
軽妙な語りでライトノベル風なスタイルだけど、恋をするだけでも大変な彼女と彼らの気持ちが見事に描かれている。
でも、自分より魅力的な相手が現れたら、彼女は私から離れていってしまわないか?って不安感は、誰にでも共通の気持ちだよ。
モテね少年だった俺の気持ちの延長線上にLGBT(性同一性障害)の人らの気持ちもあるのだろう。そしてそれは、ずっと大変だろうけど、この兄貴の気持ちを読んでみんな理解できることだよなと思えた。
この兄貴の優しさは不器用だけど何気にかっこいいぜ。
ラノベ風のラブコメディだけどこれは立派に文学してる。「すばる」とかに載ってても不思議じゃない作品だった。

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# by hajime_kuri | 2017-08-15 19:04 | 青春 | Comments(0)
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これは身につまされた。作者の田中氏は会社員の傍らマンガ家をやっていて、仕事をしながらいつも「これは自分の本当の仕事ではない、力を発揮できていない」感を抱いて「うつ」になっていくのだが、これが私の経験と実に相似形。
私は会社員の傍ら小説を書き続けて、32歳の時にドラマ原作で佳作入選している。その後も会社員の仕事を続けていたが、どうにも自分の能力を発揮している感がなく、なぜもっとできないのだろうと自分を責め続けて「うつ」になっている。
このマンガルポで語られる「うつ」を抜けた方の経験がどれも「うんうん」と共感できる。
心のスイッチを切り替えるのは、自分を客観視して気づくことなのだ。
私はどれほど症状がひどい時も、どこかで自分の上空3メーターぐらいから自分を見下ろして観察しているところがあり、そんな作家目線が自分の「うつぬけ」につながっているのだと感じている。
会社をうつで辞めざるを得なかったのだが、今では「うつのおかげで会社を辞めるきっかけができた」と感じている。
私自身、その心の経過を「人生はボンクラ映画」というユーモア小説にしたぐらい。
「うつぬけ」は、うつに悩む人や予備軍だけでなく、管理職等にも読んでほしいマンガである。
うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

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# by hajime_kuri | 2017-08-14 18:51 | エッセイ | Comments(0)
拙著、新刊ご案内。Kindle形式のみです。

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 昭和十八年八月、理化学研究所の若き病理学者・如月一心は長野県上諏訪町の陸軍第九技術研究所分室の「ミ号計画」に招聘された。
 「ミ」とは、諏訪地方に縄文時代から残るミシャグチ信仰に由来する。ミシャグチ神の血を受けた者は不老不死のヴァンパイアとなる。日本では古来より国難の際の「特別な兵」としてヴァンパイアの特殊能力を密かに継承してきた。
 「ミ号計画」とは、このヴァンパイアを使った「超人兵部隊」の研究だった。
 如月が分室で出会った守矢竜之介中尉と守矢公彦少尉、そして職員の守矢みどりの兄弟は、代々、神長官としてミシャグチの血の系譜を守り続けてきた守矢一族の末裔だった。ヴァンパイアは昼間は活動できないため守護者が必要なのだ。
 如月は、ミシャグチの血を継承する姫巫女・美沙(四百歳)と謁見する。彼女を診察しながら、不老不死や超人的筋力などの能力も、光過敏や食性変化(人血嗜好)と同じ風土病の「症状の一つ」であると感じる。
 一方、竜之介は全国から四人の実験兵を選抜した。中野学校二俣分校の西城真一。関東軍対ソ特殊部隊の南部陽兵。挺進大隊(落下傘部隊)の東郷隆。そして玉砕した部隊の唯一の生存者・北島晃。彼らは、姫巫女・美沙との契りを経てヴァンパイアとなる。
 昭和十九年七月、沖縄に試験配備された実験部隊の運命は? 
 そして終戦、姫巫女・美沙と守矢一族はミシャグチの血の秘密を守れるのか?
 守矢竜之介の実験部隊と日米陸軍との三つ巴の戦いの決着は?
 昭和から平成を生きた「不死なる者」たちの運命を描く、一大叙事詩が今スタートした。

目次
序章 不死の夜 昭和二十年五月
第一章 陸軍第九研究所諏訪分室 昭和十八年九月
第二章 常闇の系譜
第三章 選ばれし四人 昭和十八年十月
第四章 鬼神、覚醒す 昭和十九年一月
第五章 不死者たち 昭和十九年六月
第六章 ミ号実験部隊出陣 昭和十九年七月
第七章 忍び寄る危機 昭和二十年一月
第八章 実験隊全滅 昭和二十年五月
第九章 最後の戦い 昭和二十年八月
終章 不死の曙 昭和二十年十月



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# by hajime_kuri | 2017-08-11 22:33 | SF | Comments(0)
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 先日機会があってこの映画を見た。是枝作品は「誰も知らない」が印象深く、以前このBLOGでも記事化した。
 「海よりもまだ深く」は2016年5月公開の作品である。
 映画は、団地のアパートの一室で亡き父の会葬御礼を書いている長女(小林聡美)と老母(樹木希林)の会話から始まる。亡父が書の達筆な文化人風ではあるが生活力のない困った人だったことが語られる。
 そこへ長女と入れ違いにやってくる息子の良太(阿部寛)。島尾敏雄文学賞(架空の賞)を受賞した後、泣かず飛ばずの純文学作家である。小説のネタ探しと賞して現在は興信所の調査員をやっているが、離婚した妻に払う養育費にも事欠く有様だ。
 元妻(真木よう子)への未練捨てがたい良太。ギャンブル好きで調査費用をかすめて競輪にうつつを抜かす良太を後輩調査員の町田は慕っている。息子への愛情を忘れない良太に「父」を見ているのかもしれない。良太の「父」としての映画なのだが、町田は「息子」としての目線を担っているのかもしれない。父を知らずに育ったのかもと思わせる。
 月に一度の息子との日曜日に、家族は再びアパートの老母の元で一泊する。
 ばらばらになった家族を危ういところで緩やかにつなぎ止めている老母の存在の大きさを、樹木希林の押さえた演技が静かに伝えてくる。真木よう子の苦労を一番知っているのは、同じような男と夫婦になった樹木希林だからである。これを自覚している老母のいかに少ないことか。
 なりたかった大人になれなかった大人たちが、それでも折り合いをつけて人生を生きていく。
 映画は、台風がくる予報で始まり、台風一過の晴天の朝で幕を閉じる。危ういバランスをとりながら、それでも家族は生きていくのだと思わせてくれる。佳品である。
 阿部寛演じるところの篠田良太の造形に思わず苦笑。
 マイナーな文学賞を受賞した後、鳴かず飛ばずのまま50代になり、小説の取材と称して探偵業で糊口をしのぐが、子供の養育費にも四苦八苦。
 これが、テレビドラマの原作募集で佳作入選した後、鳴かず飛ばずで50代になり、小説のネタ探しだと自分に言い聞かせて苦情電話対応業で糊口をしのぐが、国保と年金の支払いにも四苦八苦、という俺自身の境遇とかぶりすぎていて、鏡に映った自分を見るがごとし。洒落になりません(苦笑)
 でも、そんな自分の人生を、「これもありだ」と思えるようになるのが大人なのであろう。俺も大人になったなあと思う。

薔薇の刺青(タトゥー)/自転車の夏・栗林元
小説指南・栗林元
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# by hajime_kuri | 2017-06-27 17:25 | 映画 | Comments(0)