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「読書記録」を中心に、読んだ本、見た映画の記録、書評、ブックガイド、その他日常の徒然ね。


by hajime_kuri

「アイリッシュ・ヴァンパイア」(ボブ・カラン)早川書房

アイルランドを舞台にした「吸血鬼譚」4遍を納めた作品集である。近年、東欧がルーツと考えられてきたヴァンパイア伝説のさらなるルーツはアイルランドのケルト信仰ではないかと言われている。それを下敷きにアイルランド出身の作者が書き上げたものだ。
考えてみると、ヴァンパイアという異教的存在は、ケルトともすごくマッチする。
この作品集は、少し古典的なホラー小説である。バイオレンスやグロテスクという表現はない。じわじわと押し寄せる恐怖である。
それが俺好み。
吸血鬼譚には傑作が多い。
古いところではキングの「呪われた町」、日本ならそれにインスパイアされた小野不由美「屍鬼」でしょう。
吸血鬼譚は作家の創作意欲も魅了するテーマなのである。
吸血鬼譚に対する作家のアプローチは、大まかに下記の2系列だ。
・伝染恐怖=エンターテイメント系アプローチ
ペストなどの伝染病に対する恐怖がバックボーンになっている。噛まれた被害者がどんどん吸血鬼になっていく。追いつめられると、自分も吸血鬼になってしまおうか、と思いたくなるほど。私自身、類似の夢を実際に見た。
これは、自分が自分であることを通していくのが難しくなった、現代の都市生活者や会社勤めの人間には身に迫る感覚ではないだろうか。組織を維持するために、黒いモノを白いと言わなければならないケース。やがてはそれに慣れてきて、本当に白く見えてきてしまう、という経験はないだろうか。
このケースの最右翼が「呪われた町」である。マキャモンの「奴らは乾いている」もそう。ゾンビものもその亜流の一つだろう。同調圧力に対する恐怖である。
・吸血鬼の持つ儚さ=やや文学系アプローチ
日中は無防備状態で昏睡し、血以外を受け付けない体。ある意味、凄く弱い生き物である。この儚さと同時に永遠に続く命、というところから、吸血鬼譚は、「生きる」とか「愛」をテーマに語ることもできる。そのよい例が、萩尾望都の「ボーの一族」や、ルイス・ガネットの「七百年の薔薇」である。小野不由美の「屍鬼」が際だって優れているのは、この部分もしっかりと描いている点。

ホラーの中でも特にヴァンパイアものに関しては、うるさい私が満足した作品集である。再読に耐える作品集だから、買っても損なしだと思う。
ホラーファンなら必読の本でしょうな。

目次

炉辺にて
森を行く道
乾涸びた手
仕えた女

アイリッシュ・ヴァンパイア
by hajime_kuri | 2004-03-08 23:00 | ホラー